「せんぱーい!」


利央が笑顔で教室に駆け込んできた。周囲を気にする様子もなく私の席へと真っ直ぐにやって来る。
いつも思うけど、2年生の教室へ来るのに緊張とかしないんだろうか。私は利央の教室に行く時、ものすごく緊張する。たとえ高瀬と一緒でも。


「先輩ってば」
「え?」
「なにボーッとしてんの?」
「あ、ううん。何でもない」
「そ?」
「うん。あ、そうだ!誕生日おめでと利央」
「ありがとー!はいっ」
「ん?」


きらきらと目を輝かせる利央に、大きな手を差し出される。反射的にその手を握ってみたら、利央は少し頬を赤くして手を引っ込めた。


「あれ?」
「違うよぉ、いやむしろ大歓迎だけど…じゃなくて!」
「なに?」
「先輩さ、前に言ってたじゃん。誕生日はプレゼントにケーキ焼いてあげるねって」
「そうだっけ」


私がそう言った瞬間、嬉しそうに緩んでいた利央の顔がぴたりと固まった。


「…ケーキ…」
「ごめんね、ケーキないからプレゼントこれじゃダメ?」


カバンの中をごそごそと探って、チュッパチャップスを3本取り出す。ゆっくりとそれを受けとった利央の顔を見て、たぶん私の目は丸くなった。利央、涙目。


「あ、あの…りお」
「先輩の」
「え?」
「先輩の…バカ…」


弱々しくそれだけ呟いて、利央はふらふらと教室から出ていってしまった。
だ…大丈夫かな。教室から顔を出してそれを見送ってると、近くで私達の様子を黙って見ていた高瀬が隣に並んだ。


「意地が悪いよなあ」
「何が」
「ケーキ。作ってきてるくせに」


私のカバンにちらりと目をやって、小さく笑う。バレてたか。


「びっくりさせようと思って」
「びっくりしすぎて泣くかもな、あいつ」


可愛いなあそれ。笑って呟くと、高瀬は呆れた顔でハイハイ熱いねー、とため息をついた。
早く放課後にならないかな。喜んでくれるかな。利央の笑顔を頭に浮かべると私の頬まで緩んでしまう。さっきはごめんねって謝ってケーキを渡そう。大好きだよって、ちゃんと言えますように。







「はい、利央」
「…なにこれ?」
「開けてみて」


学校からの帰り道、利央と2人で公園に寄った。すべり台とブランコがあるだけの狭い公園。そこのペンキが剥げたベンチに座って、鞄から取り出した例の物を手渡す。
恐る恐る、利央がその包みを開けていく。中を覗いた彼は目を丸くしたまま固まった。


「…え、これってもしかして、その」
「私が作ったケーキだよ。誕生日おめでとう」
「だって、昼休みは」
「あれ嘘。びっくりさせようと思って」
「えー!マジで!」


えー!わー!と声を上げながら、利央はケーキと私に交互に目をやる。目がキラキラしてて可愛い。


「先輩ありがとー!すっごい嬉しい」
「よかったぁ」
「毎日一口ずつ食べるね」
「いやさっさと食べてね。腐っちゃうから」
「えーもったいないなぁ」


唇を尖らせてケーキを見る利央の手を握ると、綺麗な色をした彼の目が私に向けられた。


「利央」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
「ありがと、へへ」
「あのね」
「うん」
「大好き」
「…先輩」


ケーキをそっと置いて、利央の腕が伸びてくる。甘いにおいがしたと思った時にはもう、抱きしめられていた。


「あのねー先輩」
「んー?」
「オレも先輩が大好き!」


ぎゅううと強くなる腕の力に負けないくらい、私も大きな体を強く抱きしめ返す。ああもうなんていうか、なんて言えばいいんだろうこの気持ち。
言葉じゃうまく言い表せないから、後でいきなりホッペにチューしてやろ。そのとき利央がどんな顔をするのか考えるだけで、私の心はまた弾むのだ。



11.7

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