久しぶりの二人きりだった。もう随分と長い間触れあっていない気がする。
そして今、自分達以外は誰もいない部屋。隣にはナマエ。影山を止めるものは何もない。距離を詰めて抱き寄せてしまえば、後はもう転がり落ちるだけだった。
キスをしながら体重を前に傾けていくと、彼女の体は簡単に倒れてしまう。小せえな。毎回思うことを、見下ろしながら今日も思う。先にベッドに移動するべきか、などと考えていた余裕は徐々に消えていき、ほとんど無意識に、彼女の服に手をかけた。
が、しかし。

「だめ!!」

ナマエの口から出たその声に、影山は思わず手を止めた。そして瞬時に思考を巡らせる。だめ?だめって何が。何で。

「…何でだよ」

訊ねるその声には、拗ねたような色が滲んでいる。

「何でも」
「そんなもん理由になんねえ」
「なる」
「どんだけ久しぶりだと思ってんだ」
「うわわわわちょっと!だめだっつーのに!」

再び服に伸びてきた影山の手を、ナマエの両手が掴んで止める。少し力を込めてみるが動かない。どうやら彼女は、嫌よ嫌よも好きのうちとかいうアレではなく本気で止めにきているらしい。こんなことは初めてで、影山には理由がさっぱりわからなかった。

「だから何で」
「……」
「おい」
「…………から」
「なに?」
「………った、から」
「聞こえねんだけど」
「だーかーらー太ったから!何回も言わすなこのハゲ!」
「ハゲてねえよ目ぇ節穴かテメー」
「精神的な話だよ。精神的ハゲ」

プイッとそっぽを向いたナマエの顔を掴んで自分に向かせる。ひょっとこみたいになった口が「ゴメンナサイ」と動いた。

「太った太ったって、変わってねえだろ別に」
「太ったもん…昨日体重計に乗って悲鳴上げたもん…」
「見た目わかんねーし」
「わかるよ顔とかお腹とか。どうりでスカートちょっとキツくなったと思った…」
「どれ」
「うおおおおいちょっとー!」

服の裾から差し込まれた影山の手が、ナマエの腹部に直に触れる。直後、バチンと大きな音がした。

「影山!叩くよ!」
「叩く前に言え!」

うっすら赤くなった手の甲に目をやってから、自分の下で不満げな顔をしているナマエを見た。そんな顔したいのはこっちのほうだ、と彼は心の中で文句を言う。さっきから二人で何くだらないことをやっているのか。押し倒し、押し倒されているこの体勢が、間抜けっぷりに拍車をかける。
少しの体重増加が一大事で、丸々とした自分を好きな相手に見られたくないというナマエの女心は、恐らく影山には伝わらない。そして、家で二人きりというこの状況に相当の期待していた影山の男心も、また同様に。
奥底にある気持ちは、二人とも同じもののはずなのに。

「…ミョウジ」
「…ハイ」
「俺はミョウジが太ろうが痩せようがどうでもいい」
「ど、どうでもいい…?」
「いやどうでもいいっつーか…関係ねえっつーか」

どっちにしたってお前が好きだ。その言葉が声になることは叶わなかった。羞恥心は、時折とてつもなく二人の邪魔をする。

「それより俺はミョウジに触りたい」
「…え」
「…でもまあどうしても嫌だっつーなら我慢する」

嫌がっているのに無理やり事を進める趣味はない。我慢できているうちに離れるが吉。だが、覆い被さっていた体を起こそうとした影山の腕を、ナマエが掴んで止めた。

「ミョウジ?」
「……あの」
「なに」
「私、影山に太ったって思われるのが恥ずかしかっただけで」
「おう」
「…いっ…嫌じゃない、から」

ハッキリしないけれど期待させるような物言いに、影山は瞬きも忘れてナマエを見た。
動かなくなってしまった彼に、彼女のほうから唇を押しつける。そうすれば後はもう、二人でまた転がり落ちるだけだ。


2014.5.22

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