「ミョウジ先輩、こんにちは」

背後から聞こえた挨拶に振り向くと、国見くんがいた。彼も私と同じくゴミ捨て係らしい。持っていたゴミ袋を集積所に置いて、教室の方へと並んで歩く。その途中でかわいくラッピングされた箱を持った女の子とすれ違い、国見くんと一緒に目で追ってしまった。

「バレンタインだね」
「ミョウジ先輩は及川さんにあげるんですか」
「うんまあ。私があげなくてもいっぱいもらってるだろうけど」
「もらってないと思いますよ」
「え」
「さっき丁重に断ってるの見かけました」
「ほんと?去年までは山のようにもらってたんだけど」
「今年は受け取るのやめたんじゃないですか」
「…なんでだろ」
「そりゃミョウジ先輩のためでしょ」

それだけ言って、じゃあ俺こっちなんでと国見くんは風のように立ち去ってしまった。ポカンとしたままの私だけがその場に残る。
及川が?私のために?女の子からのチョコを断っている?一旦冷静に国見くんの言葉を整理して、そんなまさかという結論にたどり着いた。国見くんの見間違いか何かのような気がする。だって及川が大量のチョコが入った紙袋を両手に抱えて帰るあの姿は、バレンタインの風物詩みたいなものじゃないか。ちょっと私と付き合い始めたからって、その光景がなくなるなんて、そんな。

「ナマエー、ごめんお待たせ」

そんなまさか。とさっきまで思っていたのに。放課後、私の教室に現れた及川が持っていたのは、いつも使っているカバンだけだった。チョコ入り紙袋はどこにも見当たらない。まさか紙袋に入りきらなくてとりあえず部室に置いてたりするんだろうか?一度気になり始めるとどうしようもなくて、学校を出たところで切り出してみた。

「及川、荷物少ないね」
「そう?いつも通りだけど」
「だって今日バレンタインだよ」
「ああ、誰にももらってないしね」
「…え、誰にも?」
「うん」
「ひとつも?」
「そうだよ」
「ついにモテなくなっちゃったの?」
「失礼だな!」

冗談は置いといて、国見くんが言っていたのはどうやら見間違いでも勘違いでもなかったらしいことを知る。疑ってごめんね。心の中で後輩に謝罪してから、及川の顔を見上げた。

「渡されたけど断ったんだってね、チョコ」
「なんで知ってるの?」
「国見くんに聞いた」
「え、どこで見られてたんだろ」
「あのさ。もしかして私のせい?」
「違うよ。俺のため。ナマエが不安になったり嫌な思いしたら、俺が嫌だから」

あまりにもサラリと言い放つから、私は黙り込むしかできない。大事にされてるね。それはいつもまわりから言われている言葉。うん、そう。本当そう思う、私も。

「ところでナマエちゃん。手に持ってるそれは」
「あ、及川にあげるやつだよ」
「ほんとに!?」
「うん。はいどうぞ」

昨日の夜、自分でラッピングしたチョコレート。紙袋ごと及川に渡すと、目をキラキラと輝かせながら拝むように受け取られた。

「これってもしかして」
「手作りです」
「やっぱり?」
「ちょっと頑張ってみた」
「ナマエが普段やらないお菓子作りを俺のために?」
「あ、でも簡単なやつだよ。そんなすごいの作れないから」
「…あーどうしよう」
「なに?」
「今すっごい抱きしめたいけどあの角曲がるまで我慢する」
「ばか及川」

角を曲がると本当に腕が伸びてきたから、するりとかわして逃げる。見るからにガッカリしている及川の手を私から握ると、沈んでいた表情が一瞬で笑顔になった。

「ねえ俺んちおいでよ。一緒に食べよう」
「うん、行く」
「あーホワイトデーどうしよっかなあ。悩むなー」

触れた指先から、耳に届く声から、緩みっぱなしの目元から、及川の気持ちが伝わってくる。いつだって真っ直ぐに。
同じだけ私も返せるだろうか。チョコレートよりも甘い時間を、今日、この人にあげたい。


2015.2.14

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