及川さんとあいつの接点を作ったのは、三年前、中学時代の俺だ。そのことをこんなに後悔する時が来るとは想像もしなかった。
あの日からあいつには及川さんしか見えていない。あの人には敵わないと、何度思い知ればいいんだ。俺は。


「飛雄ちゃーん」

あれはいつのことだったか。試合終了後の体育館、自販機の前で中学時代の先輩に捕まってしまった。嫌そうな顔をしたところで、この及川さんにはまったく効果がない。

「あれ、ミョウジちゃんは?」
「さあ。もうバスに乗ってるんじゃないスか」
「ふーん一緒じゃないんだ」
「別にそんないつも一緒じゃないです」
「そうかなあ」

自販機のボタンをいつものようにふたつ同時押ししてるのに、なかなか反応しない。早くこの場を立ち去りたい時に限ってこういうことが起こる。視界の端でやたらとミョウジのことを気にする及川さんに、心の中が波立つ。

「及川さんって」

腰を屈めて、やっと出てきたぐんぐんヨーグルのパックを取り出しながら、ずっと気になっていたことを無意識に訊いていた。

「あいつのことどう思ってるんですか」

ヘラヘラと笑っていた目が鋭くなる。ほんの一瞬。

「あいつって誰?」
「言わなくても分かりますよね」
「え〜分かんない」
「じゃあもういいです」

絶対分かってるくせにトボける姿に苛立ちを感じる。いつものことだと自分に言い聞かせながら背を向けると、後ろから声が飛んできた。

「俺に牽制なんかしてないでさ、力ずくで攫ってみせれば?」

そんなもん、出来るならとっくにやってる。どうやって攫えばいいんだよ。ミョウジを笑わせることができるのも、泣かせることができるのも、及川さんしかいないっていうのに。
学校の屋上に続くドアの前。こんな埃っぽい場所に一人で逃げ込むくらいこいつを弱くするのだって、及川さんだけだ。今も、こんなふうに。

「…何でここにいるっていつも分かるの」

ミョウジの言葉には答えず黙って隣に座る。目が赤いそいつにとりあえずポケットから取り出したハンカチを渡すと、素直に受け取った。

「影山っていつもハンカチ持ってて偉いね」
「お前は持ってねーのか」
「いつもは持ってるよ」
「ふーん」
「あ、信じてない?本当だからね持ってるからね」
「ハイハイ」

隣で笑う顔にはどことなく元気がない気がする。こんな悲しそうな顔、ミョウジはたぶんこの場所でしか見せない。原因は決まって及川さん関連の何か。あの人に関してだけは感情のブレーキがおかしくなるらしい。まるで自分が自分じゃないようなその感覚は、俺も少し分かる。

「また何かあったのか、及川さんのことで」
「…うんまあ」
「ほんと好きなんだな」
「うん」
「中学の時からずっと」
「そうだよ」

肯定される度にグサリと棘が刺さる。自分で言っておきながら。
力ずくで攫ってみせれば?
あの人の言葉が頭の奥で何度も何度も響いて消えない。またざわざわと波立つ気持ちが落ち着かないまま、一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。

「ミョウジ」
「うん」
「そろそろ他にも目ぇ向けろよ」
「他って言われてもなあ」
「俺とか」

まだ止まないあの人の言葉。追い立てられるようにして、口が勝手に動く。

「…どうしたの影山、突然」
「突然じゃねえ」

感情が揺れ動く目に捕まれば、もう止まれない。

「俺のこと好きになればいいのにって、ずっと思ってた」

他の誰でもない。俺のために、笑ったり泣いたり、弱くなったりしてほしい。頼むから、俺だけに。


2015.1.25
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企画「YOU and YOU」様に提出。
ありがとうございました。

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