ショックだ。一緒に帰ろうと誘ったら全力で断られてしまった、飛雄くんに。
「俺、あの、ちょっとアレです。寄るとこあるんでスミマセン!」
めちゃくちゃ焦った様子でそう言って、ダッシュで逃げていった。かなり挙動不審だった。まさか浮気、と一瞬思ったけど、その考えはすぐに取り下げる。飛雄くんはそんな器用な人間じゃない。
私なにかやらかしたっけ。とぼとぼと駅ビルの中を歩きながら考えたけど何も思い当たらない。気晴らしに買い物でもして帰ろうかと思って寄り道してみたけど、全然そんな気分にもならないし。もう帰ろうかなと顔を上げた瞬間、自分の目を疑った。あの、頭ひとつ飛び出した長身は。キョロキョロしている黒髪は。見間違えるはずがない。飛雄くんだ。気づかれないようにこっそり近づいてみた。飛雄くんが雑貨屋。似合わない。耳を澄ましてみれば、店員さんと飛雄くんの会話が所々聞こえてくる。

「何かお探しですか?」
「…いやちょっと…プ、プレゼントというか」
「あ、もしかして彼女さんにですか!」
「エッ!?」
「お誕生日ですか?そうですねえ最近人気があるのはー」

そこまで聞いてしまったところで、足早にその場を立ち去った。これ以上は聞かないほうがいいような気がして。一緒に帰るのを断られたショックは、いつのまにか頭から消え去っていた。



一年に一度の誕生日、といってもいつもと変わりなく時間は過ぎていく。家族や友達がおめでとうと言ってくれたり、夜は家でケーキを食べてみたり、所々に特別を感じながら。
部屋で一人、ベッドで仰向けに寝転んで、携帯電話の着信履歴を眺めた。日付が変わった数分後、着信1件。表示された名前は影山飛雄。彼は朝が早いから少し話してすぐに電話を切ったけど、嬉しかったな。まさか電話してくれるなんて思ってなかったから。
飛雄くん、今なにしてるだろう。もう部活終わったかな。いやまだ自主練中かも。少しでいいから、声が聞きたい。影山飛雄の文字を見ながらそんなことを考えていると、携帯電話が突然震えた。ビックリして手を離してしまい、落ちてきたそれを顔面で受け止める。痛い。慌てて拾って通話ボタンを押した。今一番聞きたかった声がする。

「ナマエさん、影山です」
「うん。どうしたの、部活は?もう終わった?」
「はい。ついさっき」
「お疲れさま」

あざっす、と短く言った飛雄くんが不意に黙る。電話の向こうはやけに静かだ。もうバレー部の人たちとは別れたんだろうか。このまま待つか、声をかけるか、どうしようかなと考え始めたところで、耳に声が届いた。

「あの。ナマエさん、家にいますよね」
「うん」
「今から行ってもいいですか」

そう言われて、断る理由なんてない。電話を切ってすぐに家の外に出た。飛雄くんが来るまでしばらく時間がかかるだろうけど、じっとしていられない。立ったりしゃがんだり、近くの街灯まで歩いて戻ってきたり、そんなことをしているとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

「ナマエさん」

顔を見ただけでこんなにドキドキするなんて、信じられない。

「家の中で待っててくださいって言ったじゃないスか」
「ごめん。待ちきれなくて」
「暗いんだから危ないです」
「うん、ごめんね」

口では謝っているものの、たぶん私の頬は緩みきっているはずだ。自分でも分かる。声が聞きたいと思ってたら声どころか実物に会えちゃったんだからそれも仕方ない。飛雄くんが私の目をしっかりと見つめているのに気づいて、無意識に背筋が伸びた。

「ナマエさん」
「はい」
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「これどうぞ」

手渡されたのは、あのとき見かけた雑貨屋の包み。もしかして、とは思ってた。本当にそうだったんだ。

「これはいわゆる」
「誕生日プレゼントってやつです」
「…ありがとう、すごく嬉しい」

飛雄くんが私のために、女子でいっぱいの雑貨屋に一人で行って、プレゼントを買ってきてくれた。いろいろ考えたり、調べたりしてくれたのかもしれない。なんかもう考えれば考えるほど感激で胸がつまる。そのはにかんだ顔をずっと見ていたい気分だったけど、それは叶わずすぐに視界から消えてしまった。遠慮がちに抱き寄せられて、目に映るのは彼の制服だけ。

「あともういっこ言いたいことあって」
「なに?」
「俺のこと好きになってくれて、ありがとうございます」

そんなの、私のほうが。言いかけてやめた。うまく言葉にできない。背中を撫でる腕が、ひどく優しい。

「ナマエさん、明日は朝早いッスか」
「ううん。何もない」
「俺も部活午後からなんで、だから」
「うん」
「まだ一緒にいさせてください」

腕の中で何度も頷けば、思いきり抱きしめられる。触れたところすべてから、彼の思いが伝わってくる気がする。
痛いほどに実感した。私はこの人のことが大好きだ、って。


2015.1.2

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