「ありがとう、恩人だよ赤葦は」
「そんな大袈裟な」
「いやもう本当にありがとう」
財布を失くした。それに気付いたのは部活が終わった後のこと。みんなが帰ってから一人で探していたら忘れ物をした赤葦が戻ってきて、一緒に探してくれた。それだけでも有難いのに、彼はあっという間に財布を見つけてしまったのだ。私があんなに頑張っても見つからなかったのにアッサリと。
「すぐ見つけちゃうからビックリした」
「しょっちゅう物を失くす人がいるから慣れたんですかね」
「ああ、木兎ね」
「見つかってよかったです」
「うん。ありがとう」
何回ありがとうって言うんですか。小さく笑う赤葦にドキリとして、誤魔化すように空を見た。二人だけの帰り道。財布を失くしてさっきまで泣きそうだったけど、結果的にはラッキーだったかもしれない。
「あのさ赤葦、お礼させて」
「お礼?」
「財布の」
「いいですよ、そんな」
「いいからいいから」
お礼をしたい。それはもちろん本当の気持ちだけど、その陰には下心もある。赤葦とまだ一緒にいたい。
「食べたいものとかない?ご馳走するよ」
「うーん」
「お腹空いてるでしょ」
「空いてます」
「もしくはやりたいこととか。何でもいいよ」
「何でもですか」
時々吹きつける強い風に目を細めながら、赤葦は遠くを見つめて黙り込んだ。少しの間そうやって考えたあと、隣を歩く私と目を合わせる。
「…そうですね、じゃあ」
「うんうん」
「ナマエさんと手つなぎたいです」
「……エッ」
赤葦ってそんな冗談言う子だっけ?と思っていたら、着けていた手袋を奪われた。すぐさま私の両手を包み込む、冷たくて大きな手のひら。触れているうちにだんだんと温まってくるのを感じる。
立ち止まって、向かい合って、手を握られて。なぜ、ただの先輩である私とただの後輩である赤葦がこんな状態になっているのか。疑問ばかりが浮かぶけど口に出せない。口に出したら、この手が離れていってしまいそうで。
「……」
「……」
「…えーと…」
「ナマエさん」
「え、なに!?」
「もっと近づいてもいいですか」
冷たい空気の中でもその目だけは熱を帯びていて、息を飲む。
「ダメって言われる前に近づきます」
「ちょ、いやあの、あかあし」
まだ返事もしていないのに。高い位置にあった赤葦の顔がどんどん近づいてくるから、思わずギュッと目を閉じた。額と額がくっついたのがわかる。恐る恐る目を開けてみると、あまりにも顔が近くて、近すぎてよく見えないくらい近くて、足の力が抜けてしまいそうになった。
「…赤葦ってもしかして」
「はい」
「私のこと好きなの?」
「今頃気づいたんですか?」
二人分の白い息で目の前が霞む。乾いた唇が、私の唇の端っこに触れた瞬間、まわりの音も寒さもすべてが消えた。
2014.12.8