とても寒い日。テレビでは気象予報士が「寒波の到来です」と伝えていた。立ち上がり、窓の外を見てみる。分厚い雲に覆われた灰色の空、風に揺れる裸の枝。なるほど寒そうだ。ふと、好きなひとに会いたくなった。

いま家にいる?

春市くんにメッセージを送ってみる。すぐに返事が来た。

いるよ
行ってもいい?
雪降るらしいけど

だからやめといたほうがいいのでは?と言いたいらしい。テレビに視線を戻すと、確かに今日の午後は吹雪のマークになっている。まあもし帰れなくなってもそれはそれでいいし。とか言ったら彼に怒られるだろうか。
部屋着から外出できる格好に着替えて、コートにマフラーに手袋とできる限りの防寒をして、いざ家の外へと足を踏み出した。途端に吹きつけてくる冷たい風に、息が止まりそうになる。一瞬怯んだけれど、春市くんの顔を思い出したら少し暖かくなる気がした。よし!行くぞ!と自分を奮い立たせて歩きだす。空からは早くもちらちらと雪が降り始めている。積もるといけないから、自転車はやめておこう。


・・・


「来ると思った」

ドアが開いた瞬間、そう言われた。表情を見る限り、怒っているわけではなさそうだ。呆れているのかもしれない。

「会いたくて来ました」
「うん」
「会いたくなかった?」
「そんなわけない」
「なら良かった」

「そんなわけない」でも十分だけど、「会いたかったよ」って言ってくれたらもっと嬉しいんだけどな。心の中だけで思う。いや、ただでさえ普段から優しいこのひと相手に、これ以上ワガママを言うのはやめよう。バチが当たる。
私が持っている紙袋を見た春市くんが、それを引き取ろうと手を伸ばした。ドーナツだ、という呟きに頷いて答える。

「100円だったから買ってきちゃった」
「ありがと。じゃあ一緒に食べよ…うわ手ぇ冷たい!」
「外めっちゃ寒かった」
「だから手袋は指の先まであるやつにしなよって言ってるのに」
「ケータイ使いにくいし」

彼に脱がされた手袋が、ドーナツの紙袋と一緒に棚に置かれるのを目で追った。空になった両手で指先を包まれる。髪を撫で、頬に手のひらを当て、私の冷えた全身を確かめるように触れていく。なんだか少しずつドキドキしてきた。そんな高まる私の心とムードをひっくり返すように、最後は鼻をつままれた。

「うぐ」
「鼻の先まで冷たい」

春市くんの体温のおかげで、失くしていた感覚がだんだんと戻ってくる。じっと見つめられて息を飲んだ。鼻をつまんでいた手が離れて、代わりに顔が近づいて、私は自然と目を閉じる。唇が触れたのは、一瞬のように感じた。短いキスのあとゆっくりと目を開けると、最初に見えたのは、恥ずかしそうに一瞬細まった目。「会いたかった」という声が、今、聞こえた気がした。

「……」
「……」
「…風邪ひかないでね」
「気をつける」
「……」

なんとなくお互いに黙りこむ。まだ足りなくてこちらから近づこうかと考えていると、くるりと背中を向けられてしまった。照れているらしい。名残惜しいけど、まあ、触れ合うのは後からでもいいだろう。まだまだ時間はあるのだから。

「ココア作る準備しといたよ」
「さすがだね、春市くん」
「先にコタツ入っといて」
「はーい」

とても寒い日。窓の外は雪。ココアのにおいがする部屋。
聞こえるのは、お湯を沸かす音と、好きなひとの声だけ。


2016.2.8

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