この季節は夜が来るのも早い。窓の外を見ると、空はもう真っ暗だった。雲はなく、寒々しく光る星が点々と浮かんでいる。
 防衛任務やランク戦が終わったあとはいつもラウンジに寄って帰る。ここに来ると大抵は誰かしらに遭遇するので退屈しない。誰もいなければそれはそれで、本を読んだり試合のログを見たりと好きに過ごしている。
 今日もいつもどおり、自販機でココアを買って、ラウンジの隅のほうの席に腰を下ろした。一息ついてまわりを眺めてみると、いつもと比べて人が少ないような気がする。

「ナマエさん」

 名前を呼ばれてそちらに目をやると、向かい側のイスに出水くんが座るところだった。これもいつもどおりのことなので特に気にしない。

「外すげー寒いっすよ。風強い」
「えーやだなあ」
「今日はマフラーは?」
「忘れた」
「あーあ」
「あーあだよほんと」
「貸してあげたいけどおれも忘れました」
「あーあ」
「あーあっすねほんと」

 最初はただ、なんとなく立ち寄っていただけだった。だけど出水くんとバッタリ会うことが多くなって、いつからか期待するようになっていた。ここに来れば彼に会えるのではないかと。私の名前を呼んで、向かいの席に座ってくれるのではないかと。

「今日もここでナマエさんに会うとは思わなかったなー」
「なんで?」
「クリスマスだし」
「合同訓練だったから。それもさっき終わったけど」
「このあとは暇なんですか?」
「うん」
「そうか暇なのか、おまえら」

 出水くんの背後に立つ人物に、先に気づいたのは私だった。どちらのものでもない声。後ろに誰かがいることにまったく気づかなかったらしい出水くんは、驚いた顔で振り返る。

「太刀川さん? 何やってんですか」
「暇ならおまえらも来るか」
「来るかってどこに」
「クリスマスパーティー」

 クリスマスパーティー。太刀川さんの口から出た単語をそのまま繰り返す。なんだか似合わなくてちょっと笑いそうになっていると、見透かしたように目を細めながら顔を覗きこまれた。

「ミョウジ、おまえ失礼なこと考えてるだろ」
「いやいやそんな。スミマセン」
「まあいいや。暇人たちで飲んだり食ったりするから、おまえらも気が向いたら来いよ」
「他にもいっぱい来るんですか?」
「そうだなー、諏訪さんとか米屋とか。結構集まると思うぞ」
「へー。楽しそう」
「暇人が多いからな、俺もだけど」
「私もです」
「ああ、だと思った」
「だと思ったって失礼な」
「出水は? どうなんだ」
「え」

 同時に向けられる私と太刀川さんの視線。出水くんはそれを避けるように目を泳がせて、少しだけ考えこんだあと、言いづらそうに口を開いた。

「……おれ、予定あるんで」
「え!? そうなんだ出水くん」
「なんだなんだ、彼女か」
「黙秘します」

 彼らは同じチームだからか、雰囲気や表情からどこまでなら大丈夫なのか読みとるのがうまい気がする。今回も、ここで問いただしても教えてもらえないと察したんだろう。太刀川さんは案外簡単に引き下がった。

「まあそのへんは今度詳しく聞き出そうな、ミョウジ」
「そうですね」
「じゃあ俺行くから。他の奴らにも声かけてくる」
「あ、太刀川さん! 時間とか場所とか」
「国近にでも聞いといてくれ」

 そんなテキトーな。私の声が聞こえているのかいないのか。太刀川さんは振り返ることもなく歩いていってしまい、その背中はすぐに見えなくなった。
 私と出水くんがその場に取り残される。彼女だ何だという会話のせいか妙な沈黙に包まれながら、カバンからスマホを取り出す。言われたとおり柚宇ちゃんにメッセージを送ると、すぐに返事が来た。

「柚宇ちゃん、唯我くんとケーキ買いにいってるんだって」
「へえ。唯我も行くんすね、珍しい」
「もうすぐ本部に戻ってくるって」

 返ってきたメッセージを読みながら考える。ふたりが戻ってきたら合流させてもらおうか。出水くんだって予定があるのだから、いつまでもここで暇つぶしに付き合ってはくれないだろう。一度家に戻るのも面倒だし、ひとりでいても時間を持て余すだけだ。
 正直、出水くんは男友達と一緒にいる印象が強くて、だからそのパーティーに米屋くんが来るのなら出水くんももちろん来るだろうと思っていた。大人数での集まりとはいえ、堂々と一緒にいられるものだと勝手に期待していた。だけどまさか別の予定が入っていたなんて。
 出水くんがいないのはものすごく残念だけど、彼が誰とどんなクリスマスを過ごしているのか気にしながらひとりでいるより、みんなといるほうが何倍もいい。太刀川さんに感謝しなくちゃいけないな。そう思いつつ、名残惜しくなる前にこの場を去ろうと立ち上がる。

「それじゃあまたね、出水くん」
「あ……ナマエさんちょっと待って!」

 手首を掴んで止められた。その勢いに引きずられるようにもう一度イスに腰かける。強い力で掴まれたままの手首にチラリと目をやると、それに気づいた出水くんが慌てて手を離した。

「す、すみません」
「う、ううん。大丈夫」
「痛くなかったですか」
「大丈夫大丈夫」

 ビックリした。心臓がドキドキしてる。出水くんは気さくでかわいい後輩だけど、ときどき思い知らされるこういう男の子らしい部分に、私は弱い。悟られないように深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 彼は彼でいっぱいいっぱいなのか、私の動揺に気づいていないようだった。口を小さく開いては閉じ、開いては閉じ、と何度か繰り返している。言葉を慎重に選んでいるみたいだ。あまり見たことがないその様子に、これから何が起こるのかと私もつい身構える。

「……あの、引かずに聞いてほしいんですけど」
「うん」
「行かないでほしいです」

 行かないでってどこに。例のクリスマスパーティーだろうか。でも、どうして。

「一緒にいてくれませんか」

 あまりに都合のいい展開だ、私にとって。これは夢だろうか。なんだか頭もくらくらしてきたし。混乱したまま黙りこんでいると、先ほどの強い力が嘘のように、優しく手を包み込まれた。思わず肩が揺れる。触れあう感覚が、私を現実に引き戻す。なんか言って、と消えそうな声が耳に届いた。

「……出水くん、予定あるんじゃなかった?」
「ナマエさんの返事次第」
「なんで私なの?」
「それは、ふたりきりになってからちゃんと言うんで」

 ぐっと顔が近づいて捕まる。恥ずかしそうに揺れるその瞳に。

「おれを選んでください」

 握られた手も、吐く息も熱い、星降る夜。
 私にきらめきをくれるのは、世界中の人のために飛び回るサンタクロースではなく。目の前で耳を赤くするこの男の子なのかもしれない。


2015.12.24
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企画「パーティーはこれから」様に提出。
ありがとうございました。

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