大事にされていると思う。安全で健全な道を行くのは心地良い。だけどそこからはみ出してみたいとも思うのは、ワガママなんだろうか。



カゲと一緒に学校や本部から帰る時は、大体いつも寄り道する。少し遠回りしてかわいい犬がいる道を通ってみたり、服や小物を見てみたり。買いもしねえのに見るだけで楽しいのかよ、とかなんとか不思議そうに言いながらもカゲは付き合ってくれる。そして、飲み物を買って公園に寄ってから帰る。お決まりの帰り道。
ベンチに座って喉を潤すと、別れの時間が迫っているのを感じて気分が落ち込むのが、私の悪い癖だった。だから私はやたらゆっくりとココアやホットレモンを飲んでしまうし、公園を出たあと家に向かって歩くスピードも遅くなる。その理由をカゲが知っているかどうかはわからない。

「何にする」
「ん〜…おしるこ!」
「ババくせえ」
「緑茶買ってるカゲに言われたくないんだけど」

今日は本屋の漫画コーナーを物色してから、いつもの公園へ。自販機でそれぞれ飲みたい物を買う。夏は炭酸とかアイスティーばかり買っていたけれど、そろそろ温かい飲み物を買う季節になってきた。今日は風が冷たいから、久しぶりに口にしたおしるこの甘さと温かさが体に沁みる。ふいに横から伸びてきた手に缶を取り上げられた。

「ちょっと」
「ひとくち」
「ババくさいんじゃなかったの」
「うん。うめえな」

なんだ、カゲも飲みたかったんじゃないか。素直じゃないんだから。ん、とお返しに差し出された緑茶を受け取って口をつける。うん。おしること一緒に飲む緑茶は格別においしい。
そうやってゆっくりゆっくり、時間をかけておしるこを飲みきった。公園を出てからもゆっくりゆっくりと歩き、少しずつ私の家へと近づいていく。こんなにノロノロ動いているのに文句のひとつも言わないカゲはやっぱり気づいているんだろうか。まだ離れたくないって私が思ってること。
もっと一緒にいたい。手をつなぐしキスもするけど、その先までいきたい。好きだから。もしもこの煩悩まみれの考えが全部伝わっちゃってたらどうしよう。心が読めるようなそんな便利なものじゃない、とカゲは自分の能力について言っていたけれど。

「…おーい。どこまで行くつもりだよ」

その声で我に返った。目の前には見慣れた建物。いつのまにか私の家に到着していたらしい。考え事をしていたせいで貴重な時間をものすごく無駄にしてしまった。話したいことはいろいろあったのに。カゲにも申し訳ない。

「ボーッとしてんな」
「ごめん。考え事してた」
「別にいいけど転ぶなよ」

もうさよならの時間だ。二人でいると時間の流れがとても早い。今日もいつもどおり、晩ご飯の時間までに家に着き、私はカゲに手を振って玄関のドアを開ける。そうなるはずだ、このままだと。
まだ帰りたくない。言えそうで言えないその一言が頭の中を埋めつくす。悶々と考え込む私の頭のてっぺんにカゲの手が触れた。そのままなぞるように下に滑らせて、首を撫でて止まる。息の吸い方を一瞬忘れた。

「ナマエ」

名前を呼ばれて目を合わせる。カゲがまっすぐに私を見ていた。カゲは何も言わず、私が家に入るまで見送ってくれる。いつもどおりならば。安全に舗装された“お決まりの帰り道”から逸れる感覚。強い風が髪を乱す。

「俺んち来ねえ?」
「え。カゲの家…」
「今日誰もいねえから」

心臓が跳ねた。その言い方に期待してしまうのは仕方ないことだ。どう答えるかなんて、考えるまでもない。

「……うん」
「あ?」
「行く」
「…おまえちゃんとわかってんのか?」
「なにが」
「誰もいねえぞ」
「うん」
「言っとくが俺は下心あるからな」
「そんなの私だってあるよ」

間髪入れず言い返した私に、少しだけ目を丸くする。頭をがしがしと掻いたかと思えば、そのまま手を絡めとられた。ひんやりと冷たいその指先に私の熱が移って、同じ温度になっていく。

「後悔すんなよ」

そんなのするはずないでしょ。カゲの襟元を掴んで引き寄せ、今日初めてのキスをする。
どんなに荒れた道だって、彼と一緒なら恐くない。


2015.11.13

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