さすがにもういないよな。訓練終わり、そう思いながらも遠回りして前を通ってみる。
 エンジニアが日夜研究を重ねているボーダー本部開発室。おれの予想に反して、その部屋はまだ明るく電気がついていた。いやでも残ってるのがあいつとは限らない。鬼怒田さんの可能性大だ。そう思いながらも、一応ノックをしてからドアを開けてみる。ガランとした部屋の中、入ってすぐ左の席に、ミョウジの背中が見えた。まさか本当にまだいたとは。しかもこんな夜遅くに。

「おい」
「……ん? うわっ出水!」
「うわって。ひでーな」
「入ってきたの気づかなかったからビックリしちゃって」
「ノックしたんだけど」
「あ、そうなの?」

 ミョウジはマウスから手を離して大きく伸びをした。目の前のモニターには、数字やアルファベットの羅列。何時間ここにこもっていたんだろうか。そしていつまでこもっているつもりなんだろうか。明日は学校だ。英語の宿題が出てたけどちゃんと終わってるんだろうか。

「出水は訓練?」
「そー、さっきまで」
「お疲れさまだね」
「ミョウジもな。鬼怒田さんは?」
「昨日から出張。他のみんなも今日は帰るの早かったから」
「あんま遅くまで残んなよ、帰り道危ねえだろ」
「ごめん」

 でも今日は出水が一緒だから安心だね! そう言って笑うから、なんか体から力が抜けた。当然のように一緒に帰ることになっているのも、多少は頼りにされているらしいことも、嬉しくてこそばゆい。片付けをして、二人で電気を消した部屋を出た。
 連絡通路を抜けて少し歩き、途中のコンビニで肉まんと飲み物を買う。二人分。お互い腹が減っていたらしく、肉まんはコンビニの外ですぐに平らげてしまった。飲み物だけ持ってまた歩き始める。研究室にこもりっぱなしだったみたいだから、疲れて眠そうにしてんだろうな。そう思いながら隣を盗み見ると、意外にも目はしっかり開いていて元気そうだ。
 ボーダーのA級隊員とエンジニア見習い。同じ高校とはいえ、少し特殊な生活を送るおれたちの時間がそう頻繁に合うはずもなく、二人きりで歩くのも何だか久しぶりのような気がする。なかなか会えなくて、付き合い始めた当初はお互い不満を漏らすこともあった。なつかしい。
 いろんなことを我慢しながら、大変な思いをしながら、何でそれでも技術者の勉強を続けてるんだろう。前から気になっていたそれを何となく訊いてみると、ミョウジは「うーん」と考え込む素振りを見せながら、真っ暗な空を見上げた。

「……戦ってるみんなの役に立ちたいから?」
「模範解答だなー」
「っていうのも本音ではあるんだけど」
「はあ、どういうこと?」
「えーとね。すっごい自分勝手なこと言ってもいい?」
「なんだよ」
「出水を守りたいから」

 その答えは予想外で、思わずコーラと一緒に言葉も飲み込んだ。ミョウジは妙な表情をしながら目線を泳がせる。照れてるときの顔だ、これ。

「一緒に戦ったりはできないけど、私なりのやり方で出水を守りたい」
「……」
「A級1位に向かって言うのもなんか変だよね。でも出水は遠征も多いし……あれ、引いた?」

 不安そうな目が無言のおれに向く。そんなことで引くと思われているのだとしたら、本当に心外だ。むしろ逆だっていうのに。つーか、おれの方が絶対思ってる。ミョウジのことはこの手で守りたいって。
 おれの彼女は思っていたよりも強いやつみたいだ。それでも、やっぱり。所在無さげに揺れる手を掴んで引き寄せると、簡単に距離が近づいた。

「なあ、おれも自分勝手なこと言っていい?」
「うん」
「ミョウジには傷ひとつ付けたくないし、危ないものは全部おれが排除したいし、あと今すげーキスしたい」
「えっ今? ここで?」
「今。ここで」

 返事を聞く前に、背中を丸めて顔を近づける。待ってと言いながらミョウジが目を閉じる。おれがおとなしく待つような男じゃないことは、こいつが一番知っているはずだ。


2015.3.31

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