同窓会の案内が回ってきた。幹事をするのが好きな奴がいて、高三のクラスの同窓会は定期的に開催されている。毎度割と盛り上がっているらしい。人づてに聞いた話だけど。
 どうすっかな、と迷った末に行くことを決めたのは、「今回こそ来いよ、倉持」と幹事に釘を刺されたから。それと、珍しい奴が来るというのを耳にしたから。わざわざそこで会わなくても普通に飲みに行きゃいいんだが、同窓会に参加する御幸一也という物珍しい姿に少し興味がわいてしまった。

 忘年会シーズンである。大勢の客で埋め尽くされた居酒屋には熱がこもっていた。外の寒さがウソのよう、つーかむしろ暑い。こぢんまりと十人ほどが集まった個室の中、幹事の号令に合わせて乾杯を済ませると、まわりが一気に騒がしくなる。

「倉持がいるの珍しいな」
「おー。久しぶり」
「もっと参加しろよなー、寂しいじゃん」

 隣に座る元陸上部に話しかけられた。会うのは数年ぶりだけど、意外と変わってないし普通に喋れるもんだな。ビールに口をつけながら思う。隣のそいつはつまんだ枝豆で部屋の端を指し、ニヤリと笑った。

「今日はさらに珍しい奴も来てるぞ」

 知ってる。同じ方向に視線を向けると、メガネの奥に当たり障りのない笑顔を浮かべる御幸がいた。あーあ、女子に囲まれてんじゃねぇか。後から怒られても知らねーぞ。心の中で声だけかけて、俺は俺で久しぶりに会う元クラスメイトたちとの会話に集中することにした。

 飲み会も中盤を過ぎれば、元々の席なんか関係なくなってくる。隣の元陸上部もいなくなったと思ったら別の席で女子と仲良く喋っていた。トイレから戻ってきて部屋をぐるりと見渡すと、ちょうど御幸の横が空いていた。

「よう、人気者」

 隣に腰を下ろした俺に向けて、御幸はあの憎たらしい笑みを寄越した。

「いやいやそれほどでも」
「同窓会に来るとか珍しいな」
「そっちこそ」
「お前ほどじゃねーわ。なに、どういう心境の変化だよ」
「いや今回も来る予定ではなかったんだけど」

 言葉を切って、一瞬視線を泳がせる。

「行ってきたらって言われて」
「誰に。ああ、ミョウジ?」
「そう」
「なんで?」
「今度あっちも同窓会あるらしい」
「あー」

 私も行くから行ってきていいよ、とでも言われたのか。それは御幸側も同窓会に行きたいと思っていないと成り立たない取引のような気もするが、いかんせんこの男はあいつに弱い。しゃーねえなと了承する御幸の姿が目に浮かぶ。
 ミョウジは高校一年のときに同じクラスだった同級生だ。席が近かったり班分けで同じになることが多く、なんとなく喋るようになって、高校を卒業してからも地味に交流が続いている。たまに思い出したように連絡を取り合ってメシを食ったり飲みに行ったり。ここ数年はもっぱら御幸とミョウジと三人で会うことが多い。

「普通そんな快く同窓会に送り出すか? 女子もいんのに」
「信頼されててよかったじゃねーか」
「ええー」

 いまいち納得してなさそうな顔で透明な液体を飲んでいる。中身は何かと訊いてみたらソフトドリンクらしい。そういや俺のグラス向こうに置きっぱなしだな。と、考えていたところでちょうどラストオーダーの注文を店員が取りに来たから、二人揃ってウーロン茶を頼んだ。同窓会も残すところあと僅か。





「二次会行く人は一旦こっち集まってー」

 さっきまで暑い暑いと思っていたが、外に出れば当たり前に寒い。たまに吹く強めの風がむき出しの皮膚を刺す。ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込みつつまわりの様子を見ていると、ほとんど全員が二次会に向かうようだ。
 幹事の近くに立っていた女子の一人が、こっちに向かって歩いてきた。

「倉持くんは二次会行く?」
「や、明日用事あっからもう帰るわ」
「そうなんだ、残念。御幸くんは?」

 期待の滲む声と視線。その場の空気が心なしか静かになる。

「俺もやめとく」
「えーっ、二人とも行かないの?」
「わりぃ。迎え来てるから」
「迎えって……もしかして彼女とか?」
「うん、そう」

 探るような問いかけに、御幸はあっさりと頷いた。訊ねた本人はもちろんのこと、密かに聞き耳を立てていたまわりの女子たちまでテンションがガタ落ちしているのがここから見ていてもよくわかる。

「……そっかぁー、そういうことなら仕方ないね」
「うん。そんじゃお疲れ」

 ショック丸出しの女子にこれまたあっさりと告げ、居酒屋に背を向けてさっさと歩いていく。なんかうまいことごまかすのかと思ったら、普通に認めてたのがちょっと意外だった。お前ただの一般人じゃねーのに大丈夫なのか。当の本人は特に変わった様子もなく、空に向けて白い息を吐き出している。

「あんなん言っていいのかよ」
「あんなんって?」
「彼女がどうこうって話」
「大丈夫だよ。広めるような奴いないし、広まったところで真面目なお付き合いしてるってだけなんだから」
「そーいうもんか?」
「それよりなんで一緒に来んの?」
「ミョウジの顔を見に」
「こないだ会ったばっかじゃん」
「つーかどこ向かって歩いてんだコレ」
「そこのコンビニ。居酒屋の真ん前で待つのは恥ずかしいんだと」
「へー」

 少し歩いてコンビニに到着すると、御幸はまっすぐに一台の車のもとへと向かっていった。駐車場の片隅、見覚えのある車。近づいてくる人影に反応して顔を上げたミョウジが運転席の窓を開けた。

「お待たせ」
「お疲れ。……なんか全然顔色フツーだね」
「酔っ払っててほしかった?」
「ううんまったく」

 御幸に向けられていた視線が俺へと流れてきて、「あ」と声をもらしたそいつの目が丸くなる。

「倉持ー!」
「よー」
「うわあ、久しぶりだね」
「先月会ったけどな」
「あ、倉持も乗ってく? 家まで送るよ」
「電車ですぐだし俺はいーよ」
「ナマエ、俺ちょっとコンビニ行ってくる」
「うん」

 御幸はのんびりとした足取りでコンビニの中に消えていった。寒いだろうから一旦乗ればというミョウジの提案には平気だと返す。寒いっちゃ寒いけど御幸もすぐ戻るだろうし、わざわざ車の中に入れてもらうほどでもない。
 年末に向けて忙しくなる。こないだ会ったときにそう言っていたが、仕事はなんとか納まったらしい。つーか来年の自分に託してきたらしい。まあ俺も似たようなもんだからわかる。職場の忘年会がこうだったとか年末年始の予定だとかをひとしきり話したあと、少しの間を置いて、ミョウジが重たそうな口を開いた。

「どうだった?」
「あ?」
「同窓会」
「ああ、意外と面白かったぜ」
「それはよかったね」
「てか聞きてぇのは御幸のことだろ」
「……バレたかー」

 なんでバレないと思ってんのか謎だ。わかりやすい部類の人間だという自覚がいまだにないのか。

「回りくどいことしないでそのまま聞けよ」
「行ってきたらって勧めたの私だから。なのに気にしてるとか、すごい勝手じゃん」
「まーな」
「それで、その、一也は」
「女子たちに囲まれて連絡先聞かれてた」
「……」
「で、やんわり断ってた」
「……」
「よかったな」

 沈んだかと思えば浮き上がる。ころころと変わる表情が忙しい。最終的に照れくさくなったのか、ぐるぐるに巻いたマフラーで口元を隠しながら、じとりと恨めしげに見つめてきた。俺じゃなくて御幸を睨め。

「二次会も誘われてたけど、彼女が迎えに来てるからって自慢げに断ってたぞ」
「一也が? 自慢げに?」

 そんなことするわけがない。そう言いたげな疑いの目を向けられた。別にウソではない。多少表現は盛ったかもしれねぇが。

「心配なら行かさなきゃいいのによ」
「私も行くからお互い様だし」
「俺が行かねんだからお前も行くななんて言わねぇだろ」
「言わないけど。たまには昔の友達に会いたいかなーとも思って」
「あいつ友達いねーよ」
「お前には言われたくねぇなーそれ」

 いつのまにか背後に御幸が立っていた。やべ、悪口聞かれた。けどまあいいか。実際、言われた本人はひとつも気にしている様子はなく、俺にペットボトルのお茶を握らせてきた。受け取った指先がじわりと温まる。ぐるりと反対側に回って助手席に乗りこんだ御幸は、ミョウジにもペットボトルを手渡した。温かいカフェオレ。嬉しそうに早速口をつけている姿を眺める隣の男の目は優しくて、見てるこっちがむず痒い。こういうときはさっさと二人きりにしてやるに限る。

「そんじゃ帰るわ」
「ああお疲れ。また来年」
「倉持ー、また飲みに行こうね近いうちに」
「おう」

 よいお年を。お決まりの言葉を三人で言い合ってから、車はゆっくりと走り去っていった。
 駅の改札を抜けてホームに降り立つ頃、ポケットの中でスマホが震えた。メッセージの送り主は御幸。まだ車の中だろうに何だよ。不思議に思いながら開いてみると、「今度ここに行きたいらしい」という一文に飯屋のURLが添えられていて、口の端がゆるんだ。気が早ぇ。


2022.9.25

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