2月14日夕方のバレンタインコーナーは、人が少なくてちょっと寂しい。昨日までの混雑が嘘のよう。
 ここ一週間ほど毎日バレンタインコーナーに通い、結局何も買わずに帰るという行動を繰り返していたのは、他でもない私だ。
 同じクラスの御幸くんにチョコを渡したくて、でもやっぱり勇気がなくて、渡すどころか買うこともできないままバレンタイン当日を迎えてしまった。たまたま聞こえてしまった倉持くんとの会話もトドメになったと思う。御幸くんは甘いものが苦手らしい。ますますチョコなんて渡せるはずがない。
 それなのにどうして、未練がましくここに来たのか。

「チョコ買うの?」
「え? ……ええっ!?」

 降ってきた声に顔を上げると、青道の制服を着た男子がいつの間にか隣に立っていた。おまけにその男子というのが御幸くんだったもんだから、驚きすぎて頭が回らない。

「なん、御幸くんが何でここに」
「たまたま通りかかったらミョウジがいたから覗きに来た」
「あ、そうなんだ……へー……」
「で、チョコ買うの?」

 まだいくつか残っているチョコレートに目をやる御幸くんにつられて、私も視線を移す。あなたのために買おうと思ってました。なんて言えるはずがない。

「自分に買おうかなーと」
「俺にくれたりしない?」
「へ?」
「チョコ、俺に」
「……御幸くん甘いもの苦手なんでしょ」
「うん。でも食えなくはない」
「別にそんな無理しなくて食べなくても」
「無理してねぇよ。ミョウジからのチョコなら欲しい」

 珍しく食い下がる御幸くんに少し圧倒される。なんでそこまで? 疑問に思ったけどそれ以上に、チャンスだと私の中の私が囁く。チョコをあげたいとずっと思っていた相手に、堂々と贈ることができるんだから。
 もし御幸くんに渡すならこれだろうか。そう考えながらいつも見ていたあまり甘くなさそうなチョコレートを手に取り、会計を済ませ、そのまま差し出した。

「はいバレンタイン」
「え、俺に?」
「御幸くんに」
「くれんの? ほんとに?」
「うん。寮のみんなで食べてね」
「やだ。一人でこっそり食う」

 いろんな方向からチョコレートの箱を眺めている御幸くん。すげえ嬉しい、と笑いかける顔は、いつになく無邪気だ。突然、しかもこの距離でそんな顔を向けないでほしい。心臓がもたない。

「なあ、ミョウジが欲しいのはどれ?」
「私?」
「そ。どれが食いてぇの?」
「えーと、これ」
「よし」

 指差したチョコレートを手に取った御幸くんが、手早く会計を済ませる。そしてその箱を私に差し出した。

「はいバレンタイン」
「えっ私に?」
「うん。俺からミョウジに」
「なんで?」
「男からチョコ渡したらダメって決まりはねーだろ」

 そりゃダメなんて決まりはない。ないけれども。ただ同じクラスというだけの女子にチョコレートをくれるだろうか、普通。そう考えてしまう私は調子に乗りすぎてる?
 だけど自惚れるなっていう方が無理だと思う。そんなことを言われたら。そんな目で見られたら。

「ありがとな」

 すぐそばで優しい声がして、今にも溶けてしまいそうだ。


2015.2.14

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