今日は防衛任務が終わると雑談もそこそこに、出水も国近も唯我もみんな早々と帰っていった。三人ともそれぞれ予定があるらしい。なにも予定のない俺はひとり、作戦室に取り残される。ちょっと寂しい。
暇だから作戦室を出て個人ランク戦ブースを覗いてみたが、いつもより人が少ない。考えるまでもなくクリスマスだからだろう。最近、街中の至るところでクリスマスムードが高まっていたのはさすがの俺も知っている。今日は誰もいないかもなー。ほぼ諦めつつもぐるっと見ていると、人が少ない中に見知った後ろ姿を発見して声をかけた。
「おーい、迅」
「あ、太刀川さん」
「なにやってんだ?」
「忍田さんのところに行ってた帰りだよ」
「暇ならやろう、十本先取」
「あー……ごめん。やりたいけど、これから支部に戻らないとだから」
「えー」
「ごめんごめん。また今度ね」
手を合わせながら迅が立ち去り、またひとり取り残された。他には誰にも会えそうにないし、個人ランク戦ブースを出てとりあえずラウンジへ向かうことにした。なんか飲みながらどうするか決めよう。独り言のように考えつつ長い廊下を歩く。
「あっ」
「おお、びっくりした」
ラウンジに向かっている途中、どっかの部屋から出てきたミョウジとバッタリ遭遇した。俺に気づいてゆるんだ笑顔を見せる。
「太刀川さんメリークリスマス〜!」
「メリークリスマスだな〜」
いつも楽しそうな奴だが、今日はさらに浮かれているように見える。目もきらきらだ。これもやはりクリスマスパワーなのか。すごいなクリスマスって。
「さっきまで防衛任務だったんでしょ」
「よく知ってるな」
「せっかくのクリスマスに暇人ですか」
「お前もだろ」
「去年のクリスマスもいたよね」
「全部ブーメランだって気づけ早く」
思い出される去年の記憶。イブもクリスマスも今年と同じく何ひとつ予定はなく二日とも防衛任務に出ていた。俺以外にもそういう奴は何人かいて、ミョウジもその一人だった。去年もこの基地の中で暇人だなんだと同じような会話を交わした気がする。なんだこれ、デジャヴ?
特に示し合わせたわけでもないが、なんとなく隣に並んで廊下をまた歩き始める。
「太刀川さん今から何するの?」
「どうするかなー。迅と個人ランク戦やろうとしたらフラれたし」
「ふーん」
「お前は?」
「私はまあちょっといろいろ」
ハッキリしない答えが返ってきた。濁されると気になる。チラリと隣を見てからすぐに正面に目線を戻したものの、なんだかいつもと違う感じがすることに気がついて、もう一度隣のそいつをじっくりと見てみた。
「……」
「なに?」
「なんか今日オシャレしてるな」
「えっ!? ……え、そうかな」
「うん」
「ほんと? オシャレだと思う?」
「うん。なに、デート?」
冗談のつもりだった。まさかデートのわけがない、こいつも俺と同じく暇人なはず、と心のどこかで確信しながら言ってみたら。
「デートできたらいいなあと思ってるとこ」
そう言って俺を見上げた表情は、完全に恋してる奴のそれだった。
「……マジ?」
「うん。去年は勇気出なくて結局誘えなかったけど今年こそは頑張りたいから」
「へえー……」
俺のほうから聞いたんだから、なにか気の利いた返しをしたいと思うがなにも浮かばない。好きな奴いたのか。しかも去年とかそんなに前から。そのことにものすごいショックを受けてる自分がいて、かなりびっくりしてるし動揺している。こんなにもショックなのは、けっこう仲良いはずなのに知らされてなかったからとかじゃない。
そうか。俺、好きだったんだな。こいつのこと。人間的に、だけじゃなく恋愛的にも。考えてみればいろいろと納得がいく。それにしても気づいた瞬間に失恋ってマジか。クリスマスだぞ、今日。かわいくオシャレをしたミョウジが今夜、俺以外の誰かに触れて笑いかけるのかと思うと、体中がざわざわするような心地がした。
このあとはラウンジで誰か暇そうな奴に連絡してみようかと思ってたけど、予定変更だ。ビール買って帰ってひとりヤケ酒パーティーする。クリスマスなんかクソくらえだ。そうと決まれば今すぐスーパーに行かないと。
「俺やっぱ帰る」
「えっ」
「デート楽しんでこいよ。じゃあな」
「あ、え、ちょっと待って!」
これ以上キズが広がる前に一人になろうと思ったら、服の裾を掴まれて前に進めなくなった。振り向けば、掴んでいる本人は明らかに挙動がおかしく、なにか言いたそうにしている。
「太刀川さん……」
「なに」
「えーっと、あのね」
続きの言葉を黙って待つ。早く帰ってヤケ酒したい。でも服の裾を掴むこの手が離れていくのも惜しい。黙ったままいろんな感情を巡らせていると、目の前であーとかうーとかしばらくもごもご言っていたミョウジが、意を決したように力のこもった視線をまっすぐ俺に向けた。
「今から一緒にご飯食べに行かない?」
「え?」
「行こうよ」
「いやだってお前……デートは?」
たくさんのハテナマークに頭の中を埋め尽くされた。浮かんだ疑問をそのまま口にした俺を、ミョウジは一瞬キョトンと見つめたかと思えば、その顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
「だから! 太刀川さんとデートしたいんだってば!」
真っ赤な顔のまま怒っている。それを見ながら考える。予想もしてなかった言葉を浴びたが、頭はどこか冷静なままだ。
つまり全部俺のためってことか? 頑張ってオシャレしてんのも。去年勇気がなくて誘えなかったっていうのも、今年こそデートに誘いたいと緊張してたのも、全部。そう思ったら体の奥のほうからたまらない気持ちがこみ上げてきた。長く息を吐き出して、目と目を合わせる。
「めちゃくちゃかわいいな、ミョウジ」
「突然なに言ってんの」
照れ隠しまでもがかわいくて思わずキスしたくなったけど、ここでするのはさすがにナシだろう。一緒にメシ食ったらすぐさまその手を引いて俺んちに連れて帰りたい。
地獄だったはずが天国へ一変。クリスマスって最高だ。
2021.12.26