チャイムが鳴って四時間目の終わりを告げる。持ってきた弁当を持って席を移動する奴もいれば、何人かで連れ立って学食や購買に向かう奴もいて、昼休みの教室はすぐにざわざわと騒がしくなった。
 おれもカバンから取り出した弁当を持って立ち上がる。今日は天気もいいし外で食おうと思う。中庭にでも行ってみるか。廊下を歩いて階段を降りて中庭に向かう。到着したその場所は、いくつか置いてあるベンチのひとつに見知らぬ女子二人が座っているくらいで、他に人は見当たらなかった。その女子二人組と一番離れた日当たりのいいベンチに腰を下ろす。それにしても腹減った。今日朝あんま食う時間なかったし。さっそく食おうと蓋を開けた弁当の上に、ふいに落ちる影。

「出水みっけ」

 顔を上げると、ニコリと微笑んだクラスメイトが目の前に立っていた。おれが何か言うよりも早く隣に腰を下ろす。

「なに、ミョウジ」
「今日米屋くんいないでしょ。一緒にお弁当食べてあげようと思って」
「米屋以外にも友達くらいいるっつの」
「一人で食べようとしてたじゃん」
「……」

 べつに一人で昼飯を食うくらいどうってことないが、厚意は有り難く受け取っておくことにする。むしろラッキーというべきか。

「ミョウジはおれに優しいなー」
「そうでしょー」
「防衛任務で休んだらまたノート見せて」
「いいよ」

 防衛任務が入って授業に出られなかったときのノートはいつもミョウジに見せてもらっている。時にはノートを見ただけじゃわかんなかったところの解説もしてくれる。頼りになるクラスメイトと次の約束を交わしたところで、ようやく弁当に箸をつけた。

「あー腹減った」
「食べながら言う?」
「いいだろ言ったって」
「あ、見て。この卵焼き私が作ったんだよ」
「おー、うまそう」
「出水のエビフライもおいしそうだね」
「まーな」
「……」
「……」
「いややらねーよ」
「ええー」

 ええー、じゃねえ。なんでもらえると思ってんだ、人の好物かつメインおかずを。本気なのか冗談なのかよくわからない表情のミョウジは、渋々といった様子でおれのエビフライから目を離し、きれいに焼かれた卵焼きを食べながら晴れた空を見上げた。おれもつられて同じように目線を上に移す。静かに揺れる木の葉っぱの向こうに、薄い水色の空が広がっている。

「ここっていいよね。静かだし緑が多くて癒されるっていうか……ずっと黒板とか教科書ばっかり見てるから」
「あーわかる」
「出水はいいな、席が窓側だから。授業中でも外見れるじゃん」
「おまえ廊下側だもんな」
「うん」
「今はいいけど冬になるとなー。休み時間のたびに窓開けて換気するから寒ィ」
「廊下側も寒いよ、隙間風めっちゃ入るし」
「これからの季節は真ん中列が狙い目だ」
「そのとおり」

 雲ひとつない快晴、というわけではないが、ぽつぽつと浮かぶ白い雲が風に乗ってゆっくりと流れていく光景はとても穏やかだ。こうしていると、近界民相手に戦っている時間は夢なんじゃないかという気さえしてくる。任務中はむしろ、こういう何でもない時間こそ夢みたいに思えてきたりするのだが。こいつといると、なんだかやたらと平和でのんびりした気持ちになるから不思議だ。
 おれが先に弁当を食べ終わってお茶を飲んでいると、数分遅れて食べ終えたミョウジがなにやら隣でゴソゴソとし始めた。そして弁当袋と一緒に持っていたビニール袋から取り出したものをおれの前に差し出す。

「デザートにこれあげる」
「なんだこれ」
「コンビニの新作」

 差し出されたものを受け取る。コンビニでおれも見かけたことがあるロールケーキだ。ただ、真ん中にはいつもの白いクリームではなく、黄色いクリームのようなものが入っている。それを包むまわりの生地は紫っぽい色をしていた。

「今お芋フェアでいろんな新作出てて、その中のひとつだよ」
「へー」
「全種類食べたけどこれが一番おいしかった」
「全部食ったんかよ。すげえな」
「ラスト一個だったのゲットしてきたから出水にあげる」
「サンキュ。んじゃいただきまー……」

 口を開きながらふと隣に目をやると、ミョウジが今にもヨダレを垂らしそうな顔でこっちを見ていた。食いにくさがハンパない。

「……半分こするか?」
「いやいや、いい。出水のために買ったんだから気にせずに食べて」
「気にせずにっつってもそんな見られてると」
「じゃああっち向いてる」

 そう言っておれとは反対方向に首を捻るから、彼女の後頭部しか見えなくなった。その隙にプラスチックのスプーンを口に運ぶ。うん。うまい。見た感じすげえ甘いのかと思ってたけど、そんなこともなく食いやすくて次々食える。うまいな、と思わず話しかけると、全然違うほうを見ていたミョウジがこっちにぐるりと向き直って身を乗り出した。

「ほんと? おいしい?」
「うん、うまい」
「よかったー! 朝早めに出てコンビニ寄った甲斐があった」
「マジか。ありがとな」
「またなんか見つけたらあげるね」
「そりゃありがたいけど、おれを餌づけしてどうすんだよ」
「そんなんじゃないし。おいしいものを見つけたら出水にも食べさせたくなるだけだもん」

 手を止めてミョウジを見る。おれの視線に気づいた彼女は、嬉しそうに笑いながら言葉を続けた。

「おいしいもの食べると、いつも一番に出水のこと思い出すから」
「……そーなんだ」
「うん」
「ふーん」
「あれ、なんでそっぽ向くの」
「いやべつに」

 うまいもの食べたとき一番に思い出すってさ、それって、おれのこと好きなんじゃないのか。だってうまいものって好きな奴と一緒に食いたいだろ。だからおれはそういうとき、おまえのことが一番に浮かぶんだけど。
 って言ったらこいつはどんな顔をするだろう。まだ言えない気持ちを胸の奥のほうにしまいながら口にしたクリームは、さっきよりも甘い気がした。


2021.10.10

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