あらいらっしゃーい。そんなお母さんの声と、階段をドタドタと上がってくる音が聞こえたら、あいつが来た合図。ほら勢いよくドアが開いた。

「シュンちゃん、勝負!」

 強気な瞳を光らせて、部屋にズカズカと入ってくる幼なじみ。歩けるようになるよりも前から彼女はすぐそばにいて、同じ景色を見ながら毎日を過ごしてきた。ずっと一緒だから、部屋に入るときも遠慮なんて欠片もない。テレビの前に勢いよく腰を下ろし、手招きでオレを呼ぶ。

「また負けに来たの?」
「今日こそ負けないんだからね」
「毎回言ってるじゃんそれ」
「ほら早く早く」
「もーしょうがないな」

 呼ばれるまま隣に座って、ゲームのスイッチを入れた。パワプロ、マリカー、格ゲー……いろいろやるけど彼女はいつもオレに勝てない。やるからにはオレも負けたくないし。それと、勝負には関係ないけど、彼女はゲームをしているときに体が一緒に動いてたり一人言が多かったりする。昔から騒がしいヤツだ。そういうところもかわいいと密かに思っているけれど、誰にも言ったことはない。

「あーもう! シュンちゃんのオニ!」

 今日もひとしきり負け倒すと、彼女はコントローラーを放り出してオレンジジュースに口をつけた。

「どうしたのそれ」
「おばちゃんがくれた」

 それたぶん片方はオレの分だよね。なんで両方飲んでるんだよ。そうやって文句を言ったところで聞こえている様子はまったくない。オレの話には答えず、オレンジジュースを置いてまっすぐな目をこちらに向けた。

「ねえねえ隆也くんは?」

 ……ほら出た。すぐ兄ちゃんの名前を出す。

「部活?」
「知らない」
「知らないことないでしょ」
「知らないもんは知らない」
「もー」
「シュンー。お母さんがコレ持ってけって……、お」
「隆也くん!」

 最悪なタイミング。ノックもせずにドアの向こうから顔を出したのは噂の兄ちゃんだった。苦い顔をしているであろうオレとは反対に、彼女はキラキラと瞳を輝かせていて、それがなんだか腹立たしい。

「来てたのか」
「うん。ねー、隆也くんも勝負しよ!」
「オーいいよ」
「やったあ! 待ってるね」
「はいはい」

 制服姿の兄ちゃんはそのまま自分の部屋へと帰っていった。着替えたらたぶんまたここに来るだろう。来なくていいのに。

「あれ。なに怒ってんの?」
「怒ってないし」
「怒ってるじゃん」
「……兄ちゃん帰ってきたからって嬉しそーだなあと思って」
「だって隆也くん好きだもん」
「オレより?」
「え?」
「オレより兄ちゃんが好き?」

 キョトン。そんな音がしっくりくる表情をオレに向ける。今すごい爆弾発言をしてしまった気がする。なんかもう、ヤケクソだった。

「兄ちゃんより、オレの方が絶対ナマエを幸せにできるよ!」

 だから、ずっとオレと一緒にいてよ。小さい頃から胸の奥に燻っていた本音が溢れだす。負けず嫌いなところも、たまに危なっかしいところも、笑った顔がかわいいところも、全部好きだ。誰よりも好きだという自信がある。そう、兄ちゃんよりも。
 勢いよく言い終えて徐々に冷静な頭が戻ってくると、思ったよりも大きくなってしまった自分の声を思い出し、今さらちょっと焦ってきた。さっきの、兄ちゃんやお母さんに聞こえてないだろうか。もし聞こえてたら恥ずかしすぎる。あたふたとするオレをしばらく見つめたあと、彼女は突然楽しそうに笑い出した。

「あは、あはは」
「なに笑ってんの!」
「いやだって、あはは」
「オレ本気なんだからな!」
「わかってるってば」

 思う存分笑ったかと思えば、はあ、と息をつきながら涙を拭っている。そんな泣くほど笑うことか。失礼なヤツだな、本当。
 ようやく息が整った彼女は、あらためてこちらに向き直り、オレの大好きな笑顔を見せた。

「私も、シュンちゃんにずっと一緒にいてほしいって思ってるよ」

 きっとずっとこうやって追いかけさせられることになるんだろう。それでも彼女をどこにもやりたくないと思った。オレはまだまだ子どもだけど、その気持ちだけは真剣だし本物だ。
 いつか大人になったとき、ウエディングドレスを着た彼女の隣には誰がいるのか。願わくはオレがそこで笑っていられますように。イイ男にだって何だって、なってやるからさ。


(2021年再録)

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