吐いた息が白く溶けていく。時折強く吹きつける冷たい風に目を細めながら、大きなクリスマスツリーを見上げた。視界いっぱいにキラキラとした輝きが広がって、幻想的な気持ちになる。隣に立つ彼を見ると、同じようにクリスマスツリーを見上げていたけれど、私の視線に気づいてこちらを向いてくれた。これ以上ないほど優しいその微笑みが、夢見心地な気分をさらに加速させた。


「なんかやっと落ち着いたね」
「人すごかったね〜」

 クリスマスの街はいつにも増して混み合っていて賑やかだ。とはいえ大通りを外れて歩いていると、さっきまでの騒がしさが嘘のように人の気配がなくなった。頭上にはほとんど雲のない夜空が広がっている。ホワイトクリスマスにはならないらしい。
 大学は休みだけれど、春市くんはイベント事とかもちろん関係なく今日も部活。私も昼間はバイトに入って、日が沈んだ頃に待ち合わせをした。イルミネーションで飾られた街路樹の道を歩き、大きなクリスマスツリーを見て、ケーキとチキンを買った。そしてこれから私の家に行き、二人きりでクリスマスの夜を過ごすのである。プレゼントも早々に購入して家に準備している。夢のように素晴らしいクリスマスデートだ。

「バイト行く前にクリームシチュー作ったからあっためて食べよ」
「やった、ありがとう。嬉しい」
「春市くん好きだよね、クリームシチュー」
「うん、大好き」

 しかも今日のクリームシチューはいつもより特別だ。ニンジンを星形にして入れてみた。だけどそれは見てのお楽しみにしたいから、まだ言わないでおく。

「バイト行ったらね、クリスマスの話で盛り上がってた」
「僕も今日なにするんだって部活ですごい聞かれたよ」
「なんて答えたの?」
「彼女と一緒にケーキ食べますって」
「めちゃくちゃ正直だね……」
「本当のことだから」
「まあそうだけど」
「今日の夜さ、レストランとかじゃなくて本当によかったの?」
「うん。春市くんは?」
「僕は全然どこでも」
「二人でケーキ食べながらテレビ見たり喋ったりするの楽しいし」
「うん」
「それに、好きなときにくっつけるから。家っていいよね」

 隣を歩く彼の手に触れて体を近づけると、優しく握りしめてくれた。冷たい手と手が少しずつ温まっていく。

「……そうだね」

 同意しながらも、その顔は私の視線から逃げるようにさりげなく逸らされた。覗き込もうとすると、さらにそっぽを向かれる。

「春市くん、顔赤いよ」
「暗くて見えないでしょ」
「見えなくてもわかる」

 やっとこちらを向いてくれたと思ったら、恨めしげな拗ねた目で見られてしまった。たぶん私の口元はニヤニヤと弛んでいるだろう。悔しそうにそれを見たあと、抗議するかのように手を握る力が強くなったから、私も負けじと握り返した。

 風が体に当たらないだけで、寒さは随分と和らぐように思った。マンションのエレベーターが音を立てて止まる。私の部屋は、共用廊下を歩いて一番奥の角部屋だ。鍵と玄関のドアを開けて、まず電気を点ける。視界が明るくなると同時に突然手を引かれた。何が起こったのかわからないまま、背後でドアが閉まる音を聞いた。
 背中に当たるドア。目の前に立つ春市くん。抜け出せないくらいに距離が近い。なんだか恥ずかしくてドギマギしてしまう。そんな私とは対照的に、春市くんは表情に余裕を滲ませながら口を開いた。

「たしかに家っていいよね」
「え?」
「二人で過ごすの楽しいし、好きなときにくっつけるし」
「うん……?」
「キスしたいなと思ったらすぐにできる」

 あ、と思ったときにはもう唇が触れていた。いつだって優しい春市くんだけど、たまにこうやって出てくる少し強引なところ。さっきからかった仕返しだろうか。
 短いキスのあと、離れていく気配を感じて目を開けると、彼がまっすぐに私を見ていた。真剣な瞳がすぐそばにあって、心臓がうるさく鳴り響く。見つめ合ったまま続く沈黙。そうしているうちに、目の前にある彼の顔がどんどん赤く染まっていった。

「……さて! お腹も空いたしご飯食べようか」

 不自然なほど明るく大きな声でそう言って、私の返事を待たずに部屋の中に入ってしまった。はー暑い暑いとひとりで呟きながらコタツの電源を入れている。間違いない。照れている。髪の隙間から見えている耳まで赤い。
 さっきまでの強気な姿はどこにいったのか。恥ずかしそうな顔でコートを脱いでいる春市くんを見て、やっぱり大好きだなと噛みしめながら、その背中を追いかけた。


2020.12.30

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