暗くなるのが随分と早くなった。辺りはもう薄暗い。この間まで暑い暑いと言っていた気がするのに、あっという間に秋を通り過ぎて、今年も残るところあと僅かとなっている。
 遊真くんとスーパーに出かけ、食材や日用品を買い終えて外に出ると、冷たい風が吹きつけた。日々が過ぎていくのがとても早い。隣を歩く彼と出会ってからは、さらに。

「ナマエ、それちょうだい。おれが持つ」
「ありがとう。じゃあ私そっち持つね」

 持っていたスーパーの袋を取り替える。重いほうを遊真くん、軽いほうを私が持つこととなった。頼もしいなあ。あらためてそう思う。
 遊真くんが持っていた袋を受け取るときに、偶然手と手が触れた。その手があまりにも冷たくて、驚きで思わず声をあげてしまった。

「遊真くん! 手がめちゃくちゃ冷たくなってる!」
「そう?」
「手袋は?」
「持ってない」
「私の片方貸そっか」
「だいじょぶだよ。ありがとな」

 そんじゃ帰るか、という声を合図に再び歩きだす。寒そうな首元と両手を見ているうちに、あの日が近づいていることを思い出した。

「ねえ遊真くん、もうすぐクリスマスだね」
「お、それオサムとチカに教えてもらった。ツリーを飾ったりケーキを食べたりするんだろ」
「そうそう。サンタさんの話も聞いた?」
「イイコにしてたら寝てる間にプレゼントを持ってきてくれるってやつか」
「それそれ」
「ずいぶんと太っ腹だな、サンタ」
「24日の夜は遊真くんも早めに寝たほうがいいよ。起きてたらサンタさん来られないから」
「ふむ。おれもプレゼントもらえるの?」
「もちろん」

 もらえないはずがない。今、決めたから。私が彼のサンタクロースになる。





 クリスマスイブは、防衛任務やらバイトやらで玉狛支部全員が揃いそうにない。なので、パーティーはクリスマス本番にみんなでやることにして、イブである今日はいつもどおり普通の一日を過ごしていた。
 今日の食事当番は私だ。いつもよりちょっと豪華な晩ご飯にして、食後のお菓子も多めに用意した。やっぱりイブだし。浮かれているのかもしれない。自分の部屋に隠しているプレゼントのことを考えては顔に出そうになって、平静を装うのが大変だった。でも何とか怪しまれずに最後まで乗りきれたと思う。

「ナマエ、あたしたちそろそろ帰るから」

 夜も深まり、もう解散の時間。桐絵と栞に声をかけられて、お見送りのため一緒に玄関へと向かう。修くんと千佳ちゃんは一足先に外に出ているらしい。

「もう遅いから気をつけてね」
「大丈夫よ、ボスが車出してくれるって」
「なるほど」
「そうだ、ナマエ〜。明日買い出しよろしくね。寒いのにごめんだけど」
「全然いいよ。本部に用事あるし、そこで迅さんと合流して行ってくる」
「ありがとー」
「あたしたちも先にここで準備始めとくわ」
「わかった」
「うわ外寒い〜!」

 明日の予定を話しながら外に出ると、雪が降るんじゃないかと思うくらい寒かった。でも、雲がないからきっとホワイトクリスマスにはならないだろう。
 白い息を吐きながらみんなに手を振る。支部長の車を見送って居間に戻ると、そこにいるのはレイジさんだけになっていた。

「レイジさん。遊真くんもう寝た?」
「ああ、さっき部屋に戻ったぞ」
「……そっか」
「なに悪い顔してるんだ」

 悪い顔だなんて失礼な。これからちょっとサンタさんになってくるってだけなのに。私のそんな企みなんて、言わなくてもレイジさんにはお見通しなのかもしれない。

 プレゼントを手に遊真くんの部屋へとやって来て、音を立てないようにドアを開ける。室内は真っ暗だ。勝手に入ってごめんなさい。心の中で謝りつつ、スマホの灯りを頼りにベッドに近づく。頭まで布団をかぶっているようで、顔は見えないけどちょっとだけ髪の毛がはみ出していた。
 非番の日に買いにいったマフラーと手袋。クリスマスらしくかわいいラッピングをしてもらった。遊真くんにどれが似合うか悩みながら選んだこれを、あとは起こさないように置くだけだ。
 枕元に手を伸ばしてプレゼントをそっと置く。緊張していたんだろうか、気づかないうちに息を止めてしまっていた。それをようやく吐きだした瞬間、手首を掴まれた。また息が止まりそうになる。

「どうもこんばんはサンタさん」
「ゆ、遊真くん……起きてたの?」
「イイコで寝ようとしてたよ。そしたらその前にナマエが来るんだもんなー」

 起き上がった遊真くんは、ベッドの上で胡座をかき腕組みをして唸った。私の目も暗闇に慣れてきたようで、彼の表情がぼんやりと見えてくる。口を尖らせたいつもの顔。不意に視線がぶつかる。ドキリとした私をよそに、彼はパッと瞳を輝かせた。

「まーちょうどいいか。いっしょに寝よう」
「いっしょに!? なんで」
「そのほうがよく眠れそうじゃん」
「そ……そう?」
「うん。だから来てよ、こっち」

 遊真くんに手を引かれる。その力はとても優しくて、だから断ることはできたはずなのにそうしなかった。それは私の意思。
 部屋のひんやりした空気が嘘のように、布団の中は暖まっていた。ちょうどいい体勢を探していると、お互いの足の指が触れる。すぐそばにある体温、あたたかいにおい、呼吸の音。それらすべてが私を安らげて眠りを連れてくる。時計の針の音が遠ざかっていく。
 おやすみ。最後に聞こえたのは、優しい声だった。





 フワフワとしたような、よくわからない感触。そんな何かが頬に触れている。閉じた瞼の裏側はうっすらと白くて、朝が来たんだとわかった。
 今日はみんなでパーティーだ。その前に本部に行かないと。いつまでも寝ている暇はない、起きなくちゃ。ゆっくりと目を開くと、視界に入ったのは部屋の天井──ではなく。遊真くんの笑顔だった。

「おはよう」
「……おは……あれ」
「どした?」
「いや……え? あ、そっか」

 だんだんと眠る前の記憶が蘇ってくる。そうだった。クリスマスプレゼントを置きにきただけのつもりが、思いがけずこういう状況になったんだった。遊真くんはいつから起きていたんだろう。まさか一晩中寝ていないのだろうか。もしずっと見られていたのだとしたら、とてつもなく恥ずかしい。

「あったかいなーこれ」

 彼のほうを見ると、先ほど私の頬に触れていたその手には、しっかりと手袋がはめられていた。首にはぐるぐるとマフラーが巻かれている。私からのプレゼントが、その手と首に。
 視線に気づいた遊真くんがニコリと笑う。見せびらかすように、マフラーの近くで両手をひらひらと振った。

「ありがと。大事にする」

 思わず抱きしめそうになった。それよりも早く、遊真くんのほうから抱きしめられた。メリークリスマス。耳元で聞こえてくる声は嬉しそう。私まで嬉しくなって、笑いながら言葉を返す。
 メリークリスマス、遊真くん。最高に楽しい一日にしようね。


2016.12.25

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