クリスマスの余韻が抜けない。
 会えないとお互いに諦めていたせいなのか、いざふたりで過ごすと風間さんがとても優しくて。いや風間さんはいつも優しいんだけれども。
 ドキドキしすぎて倒れるんじゃないかと思った。今まで見たことのない表情を、あの夜は、いくつも見られた気がする。

「ナマエ」
「え? うわ!」
「……どういう反応だ、それは」

 本部の廊下で風間さんのことを考えていたら、本人が現れた。驚きのあまり大きな声を出してしまって、慌てて自分の口を押さえたけど、今さら遅い。人が少なくて良かった。

「防衛任務終わりました?」
「ああ、さっき戻ってきた」
「お疲れさまです」

 今夜、会う約束をしている。風間さんは今朝まで、わたしは今から夕方まで防衛任務なので、風間さんが晩ご飯を作ってくれるらしい。普段からそこそこ自炊をしているみたいだけど、それを振る舞ってもらえる機会は貴重だ。昨日から楽しみにしていた。

「夜はカツカレーにしようと思うんだが」
「はい! カレー食べたいです」
「そうか。じゃあ待ってる」

 ほんの少しだけやわらかく表情を緩ませる。そんな風間さんの立ち去る背中をぼうっと見つめていると、後ろから頭をつつかれた。太刀川さんだ。わたしたちのやり取りを見ていたのか、ちょうどいいオモチャを見つけたかのように悪い顔で笑っている。

「なんですか」
「おまえ、ニヤニヤしすぎ」

 それを否定はできない。できないけれど、太刀川さんにだけは言われたくない。



 さて、防衛任務に向かう前にやるべきことがある。風間隊の、隊長以外の三人に渡す物があるのだ。先ほどまで防衛任務だったということは、作戦室に行けば会えるかもしれない。
 早速、風間隊作戦室を目指して足を進める。途中でラウンジを通りかかると、学生の隊員が冬休みに入ったからか、いつもより人が多い気がした。
 なんとなくその様子を眺めながら歩いていたそのとき、自販機の前でお目当ての後ろ姿を見つけた。まずはひとり。

「歌歩ちゃん」

 わたしの声に反応してこちらを向く。目が合うと、返ってくるのは優しい笑顔。

「ナマエさん、おはようございます」
「おはよ。会えてよかった、探してたんだ」
「どうしたんですか?」
「渡したいものがあって」

 持っていた紙袋を差し出すと、歌歩ちゃんはキョトンとした顔でそれとわたしを交互に見つめた。ちなみに、紙袋の中にはおいしいお菓子が入っている。

「ちょっと遅めのクリスマスプレゼントだよ」
「私に?」
「うん。この間お世話になったし、感謝も込めて」

 この間というのはもちろんクリスマスイブのことだ。歌歩ちゃんたちのおかげで、風間さんとすれ違わずに会うことができたのだから。それに、紅茶とクッキーをいただいた上に眠りこけてしまったお詫びもまだ出来ていない。自己満足かもしれないけど、何かしらお礼をしないと気が済まないのだ。
 それを伝えると、最初は遠慮していた歌歩ちゃんも、わたしの手からプレゼントを受け取ってくれた。

「ありがとうございます」
「こちらこそありがとう、いろいろと」
「今日は風間さんとデートですか?」
「え、なんで?」
「顔を見ればわかります」

 とっても嬉しそうなので。そう言って微笑む。わたしはといえば、恥ずかしくてあやふやに笑い返すことしかできなかった。

 歌歩ちゃんと別れて風間隊の作戦室に行くと、予想していたとおり菊地原くんと歌川くんがいた。まだ帰っていなくてよかった。
 菊地原くんから、聞き覚えのある言葉が飛んでくる。

「風間さんならいないよ」
「知ってる、さっき会った。今日はふたりに渡したい物があって」
「とりあえず中にどうぞ」

 歌川くんが招き入れてくれて、ひとまず部屋の中に入る。あまり長居しても悪いから早々に持っていた紙袋を差し出すと、ふたり揃って興味深そうにそれを見つめた。

「これどうぞ」
「え?」
「クリスマスプレゼント。ちょっと遅いけど」
「でも俺たちからは何も……」
「いいの、クリスマスにお世話になったお礼も兼ねてるから」
「お礼されるようなことはしてないですよ」
「まあまあいいから。もらってくれると嬉しいな」
「……じゃあ、遠慮なく。ありがとうございます」
「はい、菊地原くんにも」
「どうも」

 これで無事に、今日の目的は果たした。そろそろ自分の作戦室に向かわなければいけない。防衛任務の時間だ。
 じゃあまたね、とふたりに挨拶をして廊下に出る。なぜか菊地原くんも一緒に出て、隣に並んで立っていた。わたしに何か用事だろうか。

「あのさ」
「なに?」
「このあとデートなんでしょ」
「……な、なんで知ってるの」
「風間さんがそういう顔してたから」
「そういう顔って?」
「それだよ、それ」

 チラリと横目でわたしを見やる。呆れているのだろうか。何とも言いがたい表情を浮かべて、彼は短く言った。

「今のキミと同じ顔」



 そうなのだろうか。風間さんも、わたしと同じように浮かれていたりするのだろうか。会えることが嬉しくて、表情に滲ませてしまうなんて、そんな。

「おかえり」

 この、風間さんが。

「……」
「ナマエ?」
「あ、ただいま、風間さん」

 防衛任務を終えて、ふたり分のデザートを買い、真っ直ぐ向かった風間さんの部屋。出迎えてくれた彼を見つめたまま考えていると、不思議そうに顔を覗き込まれた。ごまかしながら中に入る。ドアの鍵を閉めて、靴を脱いだ。
 風間さんが一人暮らしをしているこの部屋は、決して広くない。台所は玄関を入ってすぐそこだ。鍋からカレーのにおいがしている。

「ちょうど出来たところだ」
「いいにおいがします」
「腹は減ってるか?」
「もうペコペコですよ」

 とりあえず手を洗ってお手伝いしようと思い、洗面所に向かおうとする。だけどそれは、風間さんによって阻止された。

「その前に」

 腕を引かれて、振り向いた瞬間に唇が触れる。一瞬驚いたけどすぐにそれを受け止めて、黙って目を閉じた。
 確かめるように何度も何度も触れながら、空いた右手が耳を撫でる。その手つきが誘っているように思えて仕方ない。何かに掴まっていないと心もとなくて、風間さんの服を握る。
 しばらくそうしていたあと、ゆっくりと唇が離れていった。膨らむ期待と少しの緊張で、心臓の音が加速する。

「……テーブルの準備はしておくから、手を洗ってこい」

 身体の力が一気に抜けた。彼の切替の早さには毎度恐れ入る。わたしは正直もう、晩ご飯どころではないのだけれど。このままではカレーの味が分からない。せっかく風間さんが作ってくれたというのに。この燻る気持ちを、どうすればいいのだろう。
 悶々と立ち尽くしたままのわたしに、振り向いた風間さんが短く告げる。

「続きはまた後で」

 そして、さっさとお皿を運び始めてしまった。
 また後で。その一言が耳に張りついて離れなくて、困る。わたしが期待しているのと同じくらい、風間さんも期待しているのだと、思ってもいいだろうか。ふらつきそうになりながら今度こそ洗面所へ向かった。
 カレーの味は、やっぱり分かりそうにない。


2016.12.25
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2015年クリスマス企画「パーティーはこれから」様に掲載されている風間隊のお話(執筆:あきさん)の後日談。

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