ここに来れば会える気がする。何の根拠もない予想だけで私がやってきたのは、ほぼ毎日通っているボーダー本部、その中の一室。攻撃手たちが個人ランク戦を行っている、このフロアだ。
 私は狙撃手だから、普段ここに来ることはほとんどない。それなのになぜ今やってきたのかといえば、探している相手が攻撃手だから。広い部屋のいろんな方向に目をやってみるけれど、その人の姿は見当たらない。
 何の根拠もないけれど、妙な自信はあったのに。おかしいな。肩を落としながらため息をつく。ふと顔を上げると、見知った人物と目が合った。

「お、ナマエ先輩」

 空閑くんだ。私に気づいて駆け寄ってくる。どーもどーも、と軽く手をあげる彼の表情は、いつもどおり雲のように掴みどころがない。

「先輩って狙撃手だよね」
「そうだよ」
「なぜこんなところに?」
「ちょっと用事があって。空閑くんはランク戦?」
「うん。かげうら先輩と約束してるんだけどまだ来てないな」

 かげうら。その名前を聞いた私はわずかに反応した。空閑くんは、その一瞬を見逃さない。

「用事ってかげうら先輩?」
「いや全然違うけど」
「先輩、嘘つくのヘタだな」
「……えーと」

 すべてを見透かしたような瞳に、頭がくらくらしてきた。もしかして全部気づかれてしまっているのだろうか。私の気持ちって。

「先輩ってやっぱりかげうら先輩と付き合ってんの?」
「え、なんで? やっぱりって何? ないよ!」
「なんとなく。見ててそうなのかなと思って」

 付き合ってなんかいない。私が勝手に好きなだけだ。初めて出会ってから数年、いつのまにこんなことになっていたのかはもうわからないけれど。

「お、噂をすれば」

 空閑くんの声につられて、私も同じ方向を見る。まっすぐこちらに歩いてくる猫背な姿がすぐに目に入った。

「早ェな、空閑。待ったか」
「いや全然」

 軽く言葉を交わす二人を見ていると、私に気づいたカゲが不思議そうな顔をした。

「何やってんだ、こんなとこで」
「たまたま通りかかって」
「おまえ狙撃手だろ」

 どうやってたまたま通りかかるんだよ。そう言いたげな彼の視線が突き刺さるけれど、その視線には気づかないふりをする。そしてできるだけ自然にさりげなく、今日の本題を切り出した。

「そういえばさ、誕生日おめでとう、カゲ」
「あー……サンキュ」
「ほう。かげうら先輩、誕生日なのか」
「まあな」
「それはそれはおめでとうございます」
「どーも」

 「ふむ、なるほど」と呟きながら、空閑くんは納得したように頷いている。私がここに現れた大体の理由を察したのだろう。
 おめでとうを言うだけではなく、お祝いがしたくてここに来た。去年までは同学年の何人かで集まって楽しくお祝いしていたけど、今年はそんな当たり障りのない関係を少しでも変えたくて、誘いに来たのだ。二人でどこか行きませんか、と。
 それなのに、いざ本人を目の前にすると用意していたはずの勇気は跡形もなく消えてしまう。「二人で」なんてとても言えそうにない。本当に申し訳ないけれど、空閑くんを巻き込ませてもらうことにした。

「カゲ、あとで何か食べにいかない? お祝いするよ」
「おー、行こうぜ」
「空閑くんも一緒に行こうよ」
「うーむ」
「あ、もしかして予定ある?」
「いや。でも二人きりのほうがいいんじゃないかと思って」

 突然投下された爆弾発言。図星を突かれて私は固まった。できるだけ平静を装いながら、話を続ける。

「なに言ってんの、そんなことないよ」
「かげうら先輩はどうなの?」
「俺だってんなことねーよ。行こうぜ」
「ふむ」

 顎に手を当てて渋い顔をした直後。ニッコリと微笑みながら、私とカゲを見て言い放った。

「ふたりとも、つまんない嘘つくね」

 その言葉に、口を開けたまま何も言い返せない私たちを気にとめることもなく、空閑くんは手をあげてこの場から立ち去ろうとしている。

「じゃ、おれはこのへんで」
「どこ行くの、空閑くん」
「急用ができました」
「嘘つけテメェ」

 カゲはご立腹だ。俺との個人ランク戦はどうすんだよと怒っている。ただ、この男の子はそれに怯むようなタイプじゃないけれど。

「個人ランク戦は明日でもできるけど、今しかできないこともあるでしょ」

 ねっ、先輩。私に向かって親指を立て、空閑くんは風のように立ち去ってしまった。取り残された私たちの間に沈黙が流れる。どうしよう。その沈黙は僅かな時間のはずなのに、やたらと長く感じられて、息をするのを忘れそうになった。

「ナマエ」

 先に口を開いたのは、カゲだ。

「おまえがよく行くケーキ屋あるだろ」
「学校の近くの?」
「おお。そこ行こうぜ」
「よっしゃ行こう! あ、鋼くんも呼ぼうか」
「いや、いい」
「じゃあ誰呼ぶ?」
「呼ばなくていいだろ別に」
「……え。二人?」

 私の問いかけに、こっくりと頷く。願ってもない展開に、どう返せばいいのかわからず、ひたすら彼の目を見つめた。

「なんか文句あんのか」
「いやだって……いいのかなって。誕生日なのに私と二人で」
「だからだよ。二人がいい」

 誰にでもそんなことを言う人じゃないってわかってる。きっと期待してもいいのだということも。だけどやっぱり、ちゃんとトドメを刺してほしい。

「ねえ、なんで二人がいいのか教えて」
「言わなきゃわかんねーか?」
「うん」
「……コノヤロウ」

 コノヤロウと言いながらその声は優しくて、これだからカゲってやつは。ズルい。口を少し開いてはすぐに閉じて、言おうか言うまいか苦悶しているように見える。
 ここじゃ無理だ。
 そう小さく呟いて、彼は私の手を掴んだ。驚いている暇もなく、騒がしいフロアから連れ出される。手と手が触れた感触と、一気に速くなる心臓の音。果たして私はいつまで耐えられるだろうか。
 手を引かれながら盗み見た横顔。今日というこの日が、さらに特別になりそうな予感がしてる。


2016.6.4
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企画「やさしく牙を剥け」様に提出。
ありがとうございました。

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