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 視界がじわりと滲んだかと思うと、自分の頬を、何かが伝う。
 それが何なのかすぐには理解できなかった。
 だってそれは変わると誓ったあの日から、今までずっと流すことのなかったもので。
 認識した途端、一筋の涙が、俺の頬を濡らした。
 涙と共に、暖かいものが込み上げる。
 諦めかけていた所に転がってきた、小さいけれど大きな希望に、嬉しさが胸一杯に広がった。


「しかし、一つだけ条件がある」


 その言葉にはっとして、ローレライの顔(と思われる場所)を見た。
 そう簡単に叶うはずもないのは当たり前といえば当たり前の話だ。
 俺はそれを十分、この一年で体験したじゃないか。


「条件・・・って・・・」
「このまま汝らをオールドラントへ帰すことも出来なくはない、が、汝らが完全同位体である限り、避けられぬ現象が起こり、結果一人だけしか生きられない」
「・・・大爆発(ビッグバン)、か」


 大爆発。
 完全同位体のレプリカが、被験者(オリジナル)に取り込まれ消滅する現象。
 アッシュはどうやら、初期段階の、被験者・レプリカ双方が音素(フォニム)乖離を起こし、存在が希薄になって、次第にレプリカが被験者の音素を取り込んでいく症状から、
 「オリジナルが、レプリカに取り込まれ消滅する現象」
 だと思っていたようだった。
 だからあんな、死に急ぐような、無茶をしたのだろう。


「そうだ。そしてもう一つ問題がある。第七音素のみで体が構築されている汝は、今仮に我が音素を補ったとしても・・・いつか必ず、また乖離を起こす」
「っ!」
「それらを避けるためには、オールドラントとは別の世界に行かなければならないのだ」


 つまり、要約すると。
 俺もアッシュも生きて返せるけれど、オールドラントでは生きながらえる事が出来ない・・・ということらしい。
 必ず生きて戻るという、皆との約束は果たすことが出来ないということだ。
 一瞬絶望の淵に立たされたけど、一つだけ引っ掛かる事があった。


「別の・・・世界っていうのは、どういう事だ?」
「――世界はなにも、このオールドラントだけではない。この世界と似たようで違う世界や、それ以外にも、何千、何万、それ以上の世界が息づいているのだ。それらの世界はつかず離れず、消滅と誕生を繰り返し、干渉しあわぬよう「時空の狭間」というものを挟んで存在している。その別の世界へ行けば・・・・・・二人のルークが生きられる可能性がある」
「!!それ、は・・・本当か!?」
「うむ」


 オールドラント以外にも存在するらしい別の世界とやらであれば、アッシュと共に、生きられる。
 俺の聞き間違いでなければ、ローレライはそう言ってのけた。
 歓喜に身を震わせ、声を震わせ、俺は一度大きく息を吐いた。
 ローレライがまた何かを言うだろうということが肌で感じ取れたので、もう一度目の前の彼をしっかりと見据え、耳をすます。


「別の世界に渡るには時空の狭間を通らなければならない。時空の狭間には第一音素(ファーストフォニム)を始めとし、多くの音素、そしてそれ以外の元素などが溢れている。時空の狭間を渡る間にそれらの音素を、第七音素(セブンスフォニム)のみで体が構成されている汝ならば体内に取り込むことが出来る。そうすることで体内の音素は通常の生命体のように組み替えられ、乖離の心配はなくなるだろう。なに、生活する分に問題はない――・・・」
「ち、ちょっとまて!そんな一気に言われても分かんぬぇーって!・・・ってか、その、通常の生命体のように、て・・・・・・」
「ああ、それはだな、人と同じ、若しくは等しい体になる、そして乖離を起こさないということだ」
「!!」


 ――人間に、なれる。
 そしてなにより、乖離しないと。

 それはつまり、皆と同じになれ、不安定でいつ消えるかもわからない、あの恐怖から解放される事を示していて。

 ただただ嬉しくて、嬉しくて。

 瞳から止まりかけていた涙が再び溢れ出した。
 大粒のそれらがぼろぼろと零れ、それが腕の中のアッシュの顔に流れ落ちていく。
 歪んだ視線の先の彼の顔を見ていて、アッシュと同じものになれることに喜びを感じずにいられなかった。



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