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「最期は笑って」
――笑えて、いただろうか
僕と君の旅立ち
この手で命を奪った人が、この手で助けられなかった人が、大勢いる。
それは今腕に抱いている紅も例外ではない。
彼にはちゃんと日だまりを返したかったのに。
自分の世界にあった、あの絶対の存在から自分を否定され、まがい物でしかなかったと知らされたあの時、この紅は俺を確かに憎んでいた。
けれど、彼は俺という存在を認めて、不確かだった自分に「ルーク」の名をくれた。
俺はルークで、彼はアッシュだと。
その、優しくて不器用な彼に、返したかったのに。
自分が消えると知った日から、「ルーク」が存在していたという証を少しずつ消していった。
せっかく彼――アッシュがくれた「ルーク」を消すのは忍びなかったけれど、何の蟠(わだかま)りもなく、アッシュが日だまりに帰れるようにと願って。(旅を共にした「彼ら」は影で悲しそうにしていたけれど)
結局それも、無駄に終わってしまった。
自身を包む不思議な光の膜の周りでは、未だ栄光の大地――エルドラントが崩れ、瓦礫となって降り続けていた。
アッシュは、この瓦礫と共に落ちてきた。
受け止めた彼は既に生気を感じられず、腹に数本の剣が突き刺さっていた。
それは落ちてくる途中で抜け落ちたが、これがアッシュの命を絶ったのかと思うと、胸が苦しくなって、くしゃりと顔を歪める。
「・・・・・・アッシュ・・・」
彼の穏やかな、どこか晴々とした表情を見て、まるでただ眠っているかのような錯覚を覚えた。
そしてふと、こんな時にだけれど、今の状況を思い返した。
故意ではなかったが、アッシュが上から降るように落ちてきたため、つい、両手で受け止めてしまった。
――こんな事を俺がしたと知ったら、罵声を浴びせながら切り掛かってくるだろうな。
一瞬、それを想像して口元が小さく上がったけれど、すぐに元に戻ってしまった。
だってそれは、もうけして起こらないことで。
魂を無くした彼の器は、とても重くて、とても冷たかった。
俺を象(かたど)っている輪郭が淡く光り、ゆっくりと乖離が進む体で、アッシュを強く抱き直した。
今の状況もだけれど、アッシュは、俺がアッシュのためにと行動したことを知ったら、いつものように怒るだろう。
もしかしたらいつもよりもっと怒るかもしれない。
分かっている。
自分のエゴの押し付けだということは。
だけど、ただ、俺に居場所を奪われ七年間苦しんだ彼に、その倍以上幸せになってほしかった。
彼の、アッシュの幸せだけを願った。
できればその傍で、俺も一緒に立っていられたならばと願わないこともなかった。
それも今となっては夢のまた夢。
だって彼(ルーク)は死んでしまった。
そして自分(ルーク)も消えてしまう。
アッシュが死んでしまった今、大爆発(ビッグバン)が起こるかは定かではない。
だけど、アッシュの音素(フォニム)が自分の中に流れ込んでくるのを感じる時点で、大爆発が起こっているんだろう・・・と思う。
どちらにしろ、大爆発が無事に起これば、それによってオリジナルのアッシュはレプリカの俺の中に記憶と共に融合して、生き返ることができる。
そして俺は、記憶だけを残して消えてしまう。
「ルーク」は一つになり、生き永らえることができるだろう。
けれどそれは、俺でも、ましてやアッシュでもない、俺達の記憶を持った新しい「ルーク」で。
俺達の個は、どのみちここで消えてしまう運命だ。
そう実感した瞬間、ひどく悲しくなった。
・・・本当は、「彼ら」と交わした約束も守りたかったし、また笑いあいたかった。
本当は、もっともっと生きてみたかった。
本当は、命をかけて救った世界の未来を、預言に縛られない自由な世界を、見てみたかった。
本当、は・・・・・・
薄れ始めた指先に、そんな願いも、約束も、すべて駄目になってしまうのだと思うと。
ああ、覚悟はしていたはずなのに。
どうして今更、こんなにも。
想いが、溢れてくるのだろう。
悲しくて、哀しくて、後悔ばかりがぐるぐると頭を駆け巡る。
理解はしている、はずだったのに。
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