君が、遠い
君が、見えない
ぬくもり
幻想的なまでに美しい光景に目を奪われていると、いつの間に集まっていたのか、俺とアッシュの周りには、明滅を繰り返していた光の粒が取り巻いていた。それらの色は、青だったり緑だったりと様々で。
なんとなく感覚的に、それらが第一音素(ファーストフォニム)から第六音素(シックスフォニム)たちなんだと分かった。
ふわりと浮かぶそれらは、つかず離れず俺達の身体に纏わり付いていて、微かに肌に触れるとくすぐったくて思わず笑みが零れた。
やがて、纏わり付いていただけの音素(フォニム)のひとつが、するりと俺の体内に入り込んだ。
それをきっかけに、ひとつ、またひとつと、音素は俺の体へと溶けていく。
体内に溶けた音素が、体の構造を組み替えるみたいにぐるぐる駆け巡ったり交わったりするのは奇妙な感覚だったけれど、心地よくもあった。
同時に、俺の中に流れ込んできていたアッシュの音素が入れ代わるようにして体からふわふわと出ていった。
それらを目で追っていくと、隣のアッシュにその音素が溶け込んでいっていた。
いや、この場合還っていったといった方が正しいかもしれない。
少し寂しいような物悲しい気持ちになったけれど、それが再びアッシュをなすのだと思ったら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
ぼんやりと光に包まれるアッシュを見ていて、ふと、俺から出ていく音素以外の音素も、その体に溶け込んでいるのに気付いた。
ただ、俺と比べてその量が何故か多い気がした。
けど直ぐに、ああ、俺以上に失われてしまった音素を補っているんだな、と理解する。
多分、そんな事が解るのはローレライと大爆発を起こしているからだろう。
少しずつ、けれど確実に「なにか」と混ざる感覚。
そう思うと、申し訳なさや寂しさが込み上げてきたけど、同時に、やっと一つになれた気がした。
いつもどこかで感じていた欠落した部分、とでもいうものが、補われていっているみたいだった。
やがて光の粒が全て溶け込み、辺りには夜空のような空間が広がるばかりだった。
大爆発と音素の結合は緩やかに、そして穏やかに進み、俺とアッシュを一人の人間にしていく。
俺は、アッシュと本当の意味で同じ存在になっていくのを実感し、どうしようもない程の喜びを噛み締めた。
音素の構築が進む中、どこまでも続くほの暗い空間に、俺達は流されていく。
どのくらいの間そうやって流されていたのかは分からない。
一時間、いや一週間、一ヶ月もの時間が過ぎたような気さえしてくる。
ただ、どこに行くのかも分からないまま緩やかに俺達は流されていた。
そうやって時間の感覚が失われつつあった時。
急に(そう、本当に急に)
緩やかだった流れが、加速した。
がくん、と視界がぶれたと思ったら、もう俺達はその流れに乗っていた。
「っわ!?な、」
何が起こったんだ、という言葉さえ言うのがままならない程、そのスピードは急激に速くなった。
それはあまりにも速く、そして強い力だった。
だから気が付いたときには、もう遅かった。
しっかり、しっかりと繋いでいたはずの、彼と唯一繋がっていた手が。
無情にも・・・離れて、しまった。
「っ!!ア――アッシュ!!」
離れた瞬間、俺は叫んだ。
必死に離れていく彼に手を伸ばすが、一度離れてしまった彼は、随分遠くにいた。
それに加え、加速するにつれ体に重圧がかかり、思うように体を動かすことが出来ない。
何か強い力に引っ張られるように、どんどんそのスピードは加速していく。
名を叫ぼうとしても、声さえ出せないほど重圧が身体全体を襲うせいでそれもできない。
次第に遠ざかる紅に、ろくに上がらなくなった腕を必死に伸ばす。
「・・・ァ・・・・・・!!・・・・・・・・・シュっ!!」
届くどころか、だんだん遠退いていく。
ここで離れてしまったら、二度と会えないかもしれないと思うのに、掴めない。
恐怖
悲しさ
後悔
そして――淋しさ
一斉に沸き上がった様々な感情がない交ぜになって、ぐるぐると思考を埋め尽くす。
届かない指先が、一層温度を無くしていった。
そうしている間にも、紅は。
アッシュ、は。
遠く、遠く、遥か遠くへと流れていく。
近づくことは――ついに叶わなかった。
「・・・っ!」
突然、暗かった空間に光が満ち溢れた。
暗がりに慣れていた視界は白く塗り潰され、酷い頭痛に襲われた。
あまりにも激しい痛みに意識が朦朧としていく。
それでも必死で、自分の姿さえ見えないその白い世界で、手放した紅の名を叫び続け――
「(アッシュ・・・!)」
そこで、俺の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
『・・・――――!』
どれくらいの時間がたったのだろう。
深く、深く沈んでいた意識の遠くから、誰かの声が、聞こえた。
その声は遥か遠く、けれど強く俺の中に響いて、少しずつ、そしてぼんやりと意識が覚醒していった。
ふいに、木々がざわめく音が聞こえた。
次いで肌に、風が吹き抜けていく感覚。
うつ伏せになっているのか、右頬や腹に、砂漠の砂のように柔らかい砂が触れていた。
何故だか全身が酷く疲労していて、怠くて仕方がなかった。
覚醒したばかりで、うまく思考も働かない。
動かない体を動かそうとして手に力を入れると、ぴくりと動いた指先に、砂利の感触が伝わった。
目を開けたかったけれど、重くて、重くて、どうしても開けることが出来なかった。
『――――!!』
また、声が聞こえた。
先程は遥か遠くから聞こえたその声が、今度は気配と共にすぐ近くから聞こえた。
何といっているのかは分からないけれど、少し高くて柔らかい子供独特の声音に、どこかほっとした。
ふいに、腕に柔らかく小さな・・・そう、小さな、小さな掌が、触れてきた。
――あたたかい。
小さいそれは、旅をしているときにいつも傍に居てくれた、あの青い獣――チーグルの子供の手に、似ていた。
ふわふわした毛はないけれど、温かくて、暖かくて、触れられた場所から伝わる熱に、閉じた瞼の裏が熱くなった。
――生きている。
呼吸をして、感覚があって、自分は確かに存在している。
風が髪の毛をさらっていくのも、ざらつく砂が肌にこびり付いているのも、温かい掌に腕を触られているのも、ちゃんと感じとれている。
――生きて、いる。
消えてない、乖離していない。
それが、言葉で言い表わせないくらい嬉しくて――幸せで。
込み上げてくる感情に呼応するように、腕に触れていた暖かな掌が、俺の頬に触れてきた。
その瞬間、もう、駄目だった。
堰を切ったようにどっと感情が溢れだし、納まりきれなかった涙がじんわりと外へ染みだした。
なんとか少しだけ瞼を持ち上げる事に成功したけど、飛び込んできた光と溢れた涙のせいで、眼が眩み、全てが白くぼやけて見えた。
俺に触れている掌の持ち主――近くに居るであろう人物の、驚いたような気配が伝わってくる。
同時に、元々はっきりしていなかった思考がブレてきて、だんだんと何も考えられなくなってきた。
それでもこの温もりを与えてくれている人物を一目見たくて、必死で落ちそうになる瞼を持ち上げた。
徐々に光になれてきた視界に飛び込んできたのは、空の青と、木々の緑。
それから――
仲間で、軍人だった人に似た、ハニーブラウンが。
見えた、気がした。
夢現つの中、束の間の再会
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(2009/2/3)
やっとこの話の終わり(繋ぎ)の文がかけた…!
中途半端ですみませんorz
最後の人は、嫌味眼鏡さまさまでもあり、ユリアの子孫である彼女でもあります。
あの子の髪色って二人の中間ぐらいかなあ、と思ったので。
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