×未満のアッシュ+/レムの塔以降
「俺さ」
座り込み、空を仰いでいたかと思うと、ぽつり、ルークは呟いた。
「屋敷に居るとき、空は四角い物だと思ってた。狭くて、遠くて、でも綺麗で。どんなに手を伸ばしても届かなくてさ・・・」
空に視線を固定したまま、何かを掴むように、その両手を空に向かって差し出しす。
それは何処か儀式めいていて、言葉を挟もうにも躊躇させる雰囲気を醸し出していた。
「でも」
じっと、何も言わずにその夕陽色の髪を眺めていると、不意に宙をゆるやかに握り、その手をゆっくりと下ろした。
そして肩を竦め、力なく、弱々しく自嘲した。
いつもは苛立つその笑顔に、何故だか心は凪いだままだった。
「本当は、空はこんなに広くて、青くて、近かった。掴めるはずないって分かってんのに、届くんじゃないか、掴めるんじゃないかって・・・錯覚するんだ」
自分と同じ顔をした横顔が、何処か憂いを帯びているような、何かを切望しているような空気を纏っていて、何故か不思議と惹かれていった。
まるで、自分の意識がそこに吸い込まれるかのように。
そして反対に、しっかりと、自分と同じはずの声を聞き漏らさぬよう耳を傾けながら。
「・・・屑が」
「はは・・・うん、まあ分かってはいるんだけどさ」
思わず漏れた言葉に苦笑して返されたが、相変わらず腹が立つことはなく。
穏やかな気持ちのまま、俺はルークに向かって話し掛けていた。
「だからお前は屑なんだ」
「ひっでえ言い様。いつものことだけど、結構、堪え「お前は」」
まだ何か喋ろうとするその言葉を遮って、静かに声を紡ぐ。
次の音を出そうと開いた口は、暫くそのままの形で開いていたが、ゆっくりと閉ざされた。
そこで漸く、空に向いていた新緑色の瞳が此方を向いた。
自分より若干色の薄い、けれど誰よりも真っ直ぐで、純粋な瞳。
その眼をしっかりと見据えながら、はっきりと言った。
「お前はもう、その手に抱えきれないほどの空を掴んでるだろうが」
言って数秒、何を言われたのか理解できなかったようで、大きな丸い瞳がぱちぱちと瞬きした。
それに構わず、思ったままを唇に乗せる。
「屋敷からでて、空の広さを知ったんだろう。お前は、屋敷以外の人間に出会って、干渉し、干渉され、そして・・・――数えきれない程の、命を奪った」
間抜けな顔をしていた奴は、その瞬間、みるみる顔を強張らせ、びくりと肩を小さく揺らした。
目を逸らしてきた事実を突き付けられたからではない。
ルークの罪の意識は、己が思っているよりも深く、根強い。(無意識に繋がれた回線越しに届いた、こちらまでうなされる悪夢を見る程に)
ただ、改めて言われた事に対して、また酷く責められるのでは、と無意識の内に身構えたのだろう。
本人でさえ気付いてない心の傷には、今は目を瞑る。
視線をルークから、空へとずらした。
吸い込まれるかのように広がる、それは見事な、青い空。
そして、言葉を続ける。
「・・・逆に、お前は多くを生かしもした。この青空は紛れもなく、お前が手に入れたものじゃねえか」
「・・・は、何、言って」
「何度だって言ってやる」
「いいか。今、目の前にある、この空は。お前の同行者達でも、俺でもない。確かにお前自身が、己の手で、掴んだものだろうが」
僅かに、息を飲む気配を感じた。
やがて、ふっと空気が柔らかくなり、囁くような声が聞こえた。
「・・・そっか」
俺の言葉を咀嚼するように、何度も何度もそうか、そうなんだ、と呟き、空に顔を戻した気配がした。
横目でちらりとルークを見やったが、髪で隠れたその表情を窺い知ることは無かった。
「ああ、そうか。うん、そうだ・・・俺は、空を、知ったんだ。俺は・・・・・・・・・・・・空を、外を・・・・・・いや」
ただ、唯一分かった、彼の声は。
「嗚呼、世界を、掴んだんだ――・・・」
とてもか細く、情けないほど泣きそうに――
震えて、いた。
井の中の蛙は空をも掴んだ
(代わりに手放したのは何だったろう)
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(2009/9/18)
久々更新。
唐突に浮かんだ文なのでめちゃくちゃですよ…!
ルークが瘴気を消したから、今のこの青い空を手に入れたのは、ルークだろってアッシュに言わせたくなっただけ。
そしたらよく分からなくなっちゃった/(^0^)\←
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