好きだ
夕飯を終えた今日の万事屋。銀さんはお母さんのところで飲んでいる。
神楽ちゃんがお風呂からあがった後、私も帰ろうかと考えていた頃。
バタバタと階段を駆け登る音。銀さんかな、また家賃のことで喧嘩でもしたのだろうか。
ぼんやりと考えながら、テレビを見ていた。
「名前!」
玄関から忙しなく入ってきたと思えば、途端に銀さんに抱き締められた。
「え…ど、」
どうしたの?という言葉さえのみこんでしまう。身体を離されて私を見下ろす。そんな優しい表情、見たことがない。
言葉にしようにも、声にならない。
視線がさ迷いそうになった。銀さんはまた私を強く抱き締めた。
「行くな」
「…え?」
消えそうな震えたような声で、銀さんは言葉を続けた。
「俺はいつ死ぬかもわからねー。こんな商売してるし。名前を置いて逝くのも怖かった。ならいっそ他の野郎と普通の幸せ築いてほしかった」
『名前は妹みてーなもんだから』
私の心に突き刺さったあの言葉。銀さんの困ったような寂しげな顔は今でも鮮明に覚えてる。
「無理だよ…。
私は銀さんと居られたら、それでいいんだもん。
銀さんと皆と笑っていたい。それが、私の幸せ」
涙でぐしゃぐしゃの顔で笑うと、銀さんは指で涙を拭って優しくキスをしてくれた。
「好きだ、名前。
俺の帰る場所でいてください」
小さく頷けばまた銀さんが優しく笑った気がした。
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