進めない
みんなが今日は帰りが遅くなると聞いて、お母さんの店をいつものように手伝う夜のこと。
常連のおじさんが若い男の人を連れてやって来た。いつも一人で飲むことの多かった人だから、珍しいと思った。
「連れがいるなんて珍しいじゃないか」
「ああ、息子だよ」
そう言って照れくさそうに笑うおじさんに笑みが零れた。息子さんも優しそうで、顔だちも良くて人当たりが良さそうだなんて考えながらおじさんがいつも頼む枝豆を出す。
「名前ちゃん、こいつどう思う?」
思いがけない質問に返答につまる。息子さんが『やめろよ、親父』なんて慌てている。
「俺ァね、名前ちゃんみたいな子が嫁に来てくれたらって思ってるんだよ」
おじさんの優しい微笑みに、私はますます言葉を詰まらせてしまった。
「アンタはどう思ってんのさ、うちの娘」
お母さんの一言にうつむいた顔をあげ、息子さんの顔を見てしまう。
「俺は…名前さんが良ければ是非真剣にお付き合いを、と思ってます」
私の目を真っ直ぐに見たまま、そう言った。
ふと頭を過った銀さん。
けれど、不毛な想いを断ち切るにはちょうどいいんじゃないか
そんなことを考えてしまう。
「少し、考えさせてもらえませんか?」
私の言葉に心なしか安堵したような表情のおじさんと息子さん。
忘れなくてはいけないのだ、もう。
そんな風に銀さんに言われているような気がして、少し寂しくなった。
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