陽の光りに消えていく夢を見た。自分の知りうる全てのモノが。夢見の悪さに目が覚めて、首元に伝う嫌な汗を指先で軽く拭う。目玉だけを動かし、物音一つしない外側を見るが、まだ暗い。
夜明けはまだだろう。まだ起ききれていない脳内は、先ほどまでの夢をぼんやりと辿る。目覚める瞬間まで明確だったそれは、段々と色を失い曖昧な姿形となっていく。
それと同作業で、脳内がはっきりと動き出す。再び目玉だけを動かして周りを見やる。いつもの部屋の風景を己の両眼が鮮明に捉え出す。視界の隅に一つだけこの部屋で見憶えのないものが映りこむ。
「はぁ?」
勢い良く上半身を上げると、バサリと掛布団が飛んだ。
「何やってやがる・・・」
自分が寝ていた布団の足辺りに正座したまま眠る少女の姿。ポツリと呟いた言葉に反応も見せず、規則正しい寝息を立てている。
「おい、千鶴!何やってんだ、起きろ!」
少し強めの口調で発しながら、軽く千鶴の頬を何度か叩く。
「う?・・・」
ようやく反応を見せた千鶴に小さくため息をつく。それに気づいた千鶴は目を見開き、すくりと立ち上がる。
「あぁ!わ、わたしっ!え、っと。」
立ち上がった千鶴を、まだ布団の上に座ったまま見上げる俺は、相当呆れ顔だろう。今にも泣き出しそう彼女に、落ち着けと一言声をかける。
「あ、すっ、すみまー、せ!ひゃあ!」
ぐらりと傾いた。千鶴が。間抜けな悲鳴を発して。いきなり倒れこむ千鶴に、さすがに驚いて倒れるままに受け止める。
「どうした、いきなり。」
押し倒そうとしたのか?と軽口を叩こうとしたが、あまりに急に倒れこむから何か具合が悪いのかもしれない。すんなりと俺の腕の中に入り込んだ千鶴を覗き込む。気にして見りゃ、顔色が悪い気もする。
「すみません・・・。ずっと此処で正座していたら、足が痺れまして・・・。」
急に足の力がぬけてしまい、ともごもごと話す千鶴に、何度目かのため息。まぁ、大したことはなかったのだから良いのだが。それよりも聞かなければならない事がある。
「おめぇ、何してたんだ、ここで!」
なんだかんだで聞けずにいた事を口にする。俺の部屋でじっと正座をしてろなど命じた記憶はない。
「大分、うなされていたので。」今だ俺の腕の中の千鶴は、小さく話し出す。
「少し喉が渇いて、お水を頂きに起きたのですが、土方さんのお部屋の前に来た時に苦しそうな声が聞こえて。何かあったかと思って。」
夢の事を思い出す。俺はうなされていたのか。
「不躾は承知なのですが、不安になってお部屋を覗くと、眠られてはいたのですが、汗の量が尋常じゃなかったので、お水をお持ちして・・・」
それでも起こすのがしのびなく、悩んでいるうちに自分が寝てしまってたと言う。俺の腕の中の少女は怒られるのかと思っているのか、少し怯えたような表情をしている。
「別に怒りゃしねぇよ。心配してきてくれたんだろ。むしろ俺は礼を言う方だ。」
ありがとな、と言うと嬉しそうな顔で笑った。それにつられて笑う。
「でも、私、結局何もしてあげられてません。」
頭を下げて、申し訳なさそうに呟く。そういえばそうだな、と言おうとしたがその言葉は喉辺りで止まった。同時に、うなされる程の夢をもう覚えていない事に気づく。もともと起きて曖昧になった気がしたが、今では良い夢だったような気さえしてる。なにせ千鶴をここに呼んでくれたのだから。
「いーや、お前は悪夢から俺を救ってくれたようだ。」
そう笑うと、千鶴は不思議そうに首をかしげた。俺の腕に閉じ込められたのも忘れた様子で、どう言う事ですか?と疑問を投げかける。その疑問が俺の耳をすり抜けた。どうせ答えてやるつもりもない。それよりも、もうそうある必要のない体勢のまま動かないでいる自分に、内心苦笑する。本来なら倒れたのを支えて、直ぐに離すべきだった。
(総司のやつにでも見つかれば厄介な体勢だな。)
ただどうしても離れるのが惜しいと、俺の脳が彼女の解放を拒絶しているようだ。
「悪夢って、何か嫌な夢をー?」
「教えてやらねぇよ。」
意地悪く笑って頭を撫でると、千鶴は不服そうな顔をした。まだ俺の腕の中に収まる彼女が、そのうち状況に気づき慌てふためくだろう。顔をまっ赤にして。その様子を思い浮かべながら、せめて夜明けまで、と彼女を囲う腕にほんの少しだけ力を込めた。
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