「おはよう、リンちゃん。」

爽やかな笑顔と声が、俺の頭上を通過した。その先の鏡音リン。多分俺は、今かなりマヌケ面を晒していると思う。後ろに立つ鏡音さんに、挨拶すら出来ずに、俺は向きをミクオの方へ戻した。やはり、俺のマヌケ面に含み笑いをしていた。腹立たしい!

「ミクオ君、おはよう。鏡音レン君、今ちょっと良い?この間のお礼を言いにきたの。」

ミクオに怒りを向けている最中、背後から鏡音さんが、俺に話しかけてきた。つかミクオと鏡音さんは友達?なんだな。普通に名前呼びだし。多分、ミク繋がりだと思うが。

「鏡音レン君?」

そんなことを考えていたら、再び鏡音さんの声。しまった、これじゃあ普通に無視したみたいじゃないか。

「あ、あぁ、この間のことなんて気にしなくて良いから!それより体調は大丈夫?大分顔色は良くなったように見えるけど。」

慌てて答えると、鏡音さんは安心したような表情になった。こうやってみると、無表情に見えていた鏡音さんは結構分かりやすく感情を出すのではと思う。

「体調は平気。本当にありがとう。あの日の朝、ミクちゃんが持ってきてくれたご飯以外食べてなくて・・・。鏡音レン君が気をきかせてくれたお陰で本当に助かった。」

そう言って彼女は小さく笑った。なんとなく、心が浮つくのが分かった。

(これは、かなり、可愛い!)

「だから、お礼にと思って、クッキーを焼いたんだけど。良かったら・・・」

可愛いとかなんとか考えていた矢先、彼女が続けた言葉に時が止まった。目の前には、可愛らしい小さな包み。ほのかにだが、バニラの甘い香りがする。

「え、俺に?」

クッキーを?あのクールビューティで有名な鏡音さんが?

「いらない、かな?」

「いりますいります!!すっげぇ嬉しい!!」

ちょっとだけ不安そうな顔をした彼女に慌てて返事をする。これは冗談じゃなくかなり嬉しい。鏡音さんの手の中にある包みを受け取る。というか、あれですよね?フラグたってますよね?

自分が自分を第三者的に見たとしたら、多分かなり気持ち悪い顔でにやついているはずだ。ちょっと忘れかけていたが、ミクオが今にも吹き出しそうな顔をしている。後で殴ってやろうと心に誓った矢先、予鈴が鳴り響いた。
鏡音さんはこの音に反応するように口を開く。

「受け取って貰えて良かった。美味しくなかったら捨てちゃって構わないから。今回のこと、本当にありがとう。じゃあ、席戻るね。」

小さく微笑んで、この場を去った。席に戻るのを見送った後で、ミクオを見ると、この上なく楽しそうな顔で笑っていた。

「・・・何か言いたそうだな、ミクオくん。」

「いろいろ言いたいんだが、やめておくよ。」

今し方までの浮ついた自分を、ずっと見られていたという恥ずかしさを隠しながら、睨みつけるようにミクオを見たが、それすら奴にとった面白い材料のようだ。

「積もる話はあるが、いったんお開きだ。また後で話し合おうか?」

そう言って爽やかスマイル(今は嫌味にしか見えない)を俺に向けて、奴は自分の席へと戻って行った。その背中を睨みながらも、今だ高鳴る心臓にため息がでた。







―――
やっとリンちゃん出たよ。でもこれで一旦区切りますよ。




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