視界が遮られるような豪雨。このところ続く雨に気が滅入る。溜まる一方の洗濯物を横目にため息をついた。
「たまの雨なら良いんだけどなぁ。こうも連日降られると。」
「だよねぇ」
「はい、ってえぇ!?お、沖田さん!?」
なんとなく呟いた独り言に、まさかの返事が返って来た。勢い良く声の方向を見ると、すぐ隣に沖田さんの姿。前にも独り言を聞かれた記憶があるが、どうして彼はこうも突然現れるのか。
「何固まってるのさ?」
お馴染みの意地悪な笑みを顔に乗せている。
「・・・いつの間にいらしたんですか?」
というか、これだけ近くにいて気づかない私も私だ。どれだけ気を抜いていたのだろう。自分に呆れてしまう。
「君がここで外を眺め始めて、ちょっとしてからかな。よくもまぁ、気づかないよね?そんなんなら、僕に斬られても問題はないと思わない?」
彼はニッコリと微笑んだ。物騒な言葉と共に。彼の斬る斬らないは別としても、あれだけぼんやりしていた私だ、きっと斬られてから気付くのだろう。
「私は気がついたら死んでそうです。」
そう言って、視線を庭に向けた。変わらず雨は降り続いている。
「ここで僕が君を殺しても、この雨音で君の悲鳴は掻き消されちゃうね。」
彼も庭に目をやっている。チラリと見た彼は、穏やかそうに笑っていた。
「沖田さんなら、私に悲鳴をあげさせる間もなく、私を殺すと思いー」
そこまで言って、私は閉口した。何をそんなに殺す殺さないの話を続けているのだろう。別に殺されたいとか、そんなこと思ってないのに。
「千鶴ちゃん、そんなに僕に斬られたいの?」
「いえ!!そんなことないです!!」
全力で否定仕ると、彼はつまんないなぁと口を尖らせた。斬られたいと答えたならば、彼は嬉々として、私を殺すのだろうか。迷いもせず。そう思うと、ゾクリと背中に嫌な感覚がはしった。
「でも、どうだろう。そう簡単に殺せるかな?」
少しだけ目を伏せて考え込む様子を彼は見せた。私の殺し方でも考えているのだろうか。それはかなり恐ろしい。というか、簡単には殺せないって、まさか!!
「わ、わたしを、嬲り殺すおつもりですか!?」
「ちょっと、僕をなんだと思ってるのさ。」
さすがに心外だという顔で即答される。
「簡単には殺せないって、沖田さんが。」
不機嫌な様子の彼に押されつつ、ささやかな言い訳を小声で放つ。もちろん、彼はそれを聞き逃さない。
「それはー・・・。」
珍しく彼が吃る。バツの悪そうにまゆを寄せ、ため息をついた。
「いざ君を斬るとなった時に、きっと僕は戸惑いを見せると思う。だって、」
その瞬間、さらにも増して雨が強くなった。地面を打つ雨音が私の耳を支配した。沖田さんの口は動いていたが、その言葉は私には届かなかった。
「ごめんなさい、沖田さん!雨で沖田さんの声がかき消されて・・・っ。もう一度お願いします!」
彼は苦笑いをして口を開いた。
「二度は言わないよ。あーあ、ひどいな千鶴ちゃん。僕の言葉を聞いてくれないなんて。」
いつものように軽口を叩いてはいるが、心なしか残念そうな声に聞こえた。
「そんなつもりは・・・っ!沖田さんの言葉一つ一つを聞き逃したくなんてありません!」
雨音に負けないように叫ぶと、ぽかんとした姿が目に入った。あれ?なんか私、変な事言ったかな。
「あはは、なに、その殺し文句。そんなに僕の事が好きなんだ?」
楽しそうに笑う姿を見ながら、顔が熱くなるのが分かった。勢いと言えど、少し大胆なことを言ったのではないだろうか。
「それなのに、早速僕の言葉を聞き逃しちゃって!」
残念だったね!と笑いながら、俯く私の頭を軽く叩いた。俯いたままで彼の顔は見られなかったけれど、声が先ほどよりも明るく聞こえて、なんだか安心した。
「千鶴ちゃん、もうすぐ雨が上がるよ。ほら、あっちの空はあんなに明るい。いつまでも俯いてないで。」
ちょっとだけ拗ねていたけど、頭上から聞こえてきた声に頭を上げて空を見た。一番近くの空は相変わらずの雨雲だけど、視線だけずらして見た空は、確かに陽の光りが顔を出していた。
曇りがちな二人の関係も、こんな風に明るくなっていけば良いのに。
(だって、もう君を殺したら、生きていけなさそうな僕がいる!)
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