負傷した腕を気にする事もなく、彼はただ、机に向かっていた。揺れる蝋燭の火が作る薄明かりが、いやに儚げにみえた。この部屋も、彼も。

「どうした、突っ立って。」

彼は、ふりかえる事なく言った。

「お茶を、お持ちしました。」

私は彼の座る斜め後ろに座ると、小さな砂糖菓子と湯飲みを乗せた盆を下に置いた。

「すまない、そこに置いてくれたままで良い。」

盆から湯飲みを彼の机に置こうと思った矢先、やはり彼は、ふりかえる事なく言った。

「・・・はい。」

私は小さく返事をして、彼の背を見つめた。決して消えたわけではないだろう痛みを無視し、ひたすらに筆を動かす彼に涙が出そうになる。

(私はずっと弱いままだ。)

何もかも背追いこんで、それでもまだ進もうとする彼に、私という錘を乗せて。無性に己の無力さと、彼の抗いきれない孤独感に、湧き出そうになる涙。その涙すら重荷になるのではと、必至でこらえながら俯いた。


「俺一人だけが、幸せだな。」

俯いた矢先、優しい彼の声。ゆっくりと頭を上げると、変わらず机に向かう背中。

「ひじ、かたさん?」

気のせいにするには、あまりにもはっきりした音に、私は思わず彼の名を呼んだ。

「みんな、死んじまったり、各々の道を往く中で、俺だけがお前を傍に置いている。」

「え、」

「お前が幸せになる方法なんて、もっと他にあったはずだ。こんな戦争の渦中に身を置かずとも、女としての幸福が。」

筆を進める手が止まっている。未だにこちらに顔を向けることはないが、その優しい声色に彼の表情が浮かぶ。

(きっと、困ったように笑っている。)

「土方さん!私が勝手に決めてついて来ただけの事です!むしろ、私が傍にいることによって、土方さんの負担を増やしてしまっていますし・・・!」


ただ優しい彼に守られているだけで、何も返せない。我侭なだけの仕様もない小娘。

「俺が、己の信念を無視して、小娘の我侭をなんでも聞いてやる男に見えるか?」

「いいえ。」

即答した。彼は、必要あらんとすることは、決して曲げることのない信念の上、切り捨てていくだろう。

「分かってんじゃねぇか。」

そういうと彼は筆を置き、ふり返った。そして、何か困ったような、呆れたような笑顔。

「俺は、自分の進む道に、必要としないものは、どんなものでも置いていく。だがな、千鶴。お前だけは置いていけなかった。連れていくことが、お前の幸せを奪うやもしれないのに、な。」

さらに目を細めて、まるで自分自身にあきれているかのように笑う彼に、私の両目は涙を留めることを止めたらしい。







「ひじかたさんはっ、わたしを、すこしでも、ひつようと、して、くださっているとっ、おもっても、よろしいのでしょうか?」

何を言っているが、もう自分では分からないが、溢れる涙を拭うことな口を開く。

「当たりめぇだろ、お前を俺以上に必要としてるヤツなんざ、他にいねぇよ。」

その言葉と共に、頭を撫でられる。

「ったく、泣すぎだ。」


「土方さんの、せいですよ。嬉しいこと言ってくれるから。」


「嬉しいね、お前、頭おかしいんじゃねぇか。」

そう軽口を叩いて、最近では珍しい、少年のような顔で笑ってみせた。不細工がすぎるぞ、と言いながら、彼の指先が乱暴に私の目尻から涙を拭った。








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