疲れた、と大声を上げながらベンチに座る仁王へ、柳生は自然な動作でタオルを渡す。軽く感謝の言葉を伝えて、渡されたタオルを顔へ乗っけた。汗ばんだ額にはそれが心地よく、流した汗を吸い取ってくれるような心地よさを感じた。


「お疲れ様です、仁王君」
「おー。柳生もな」


タオルを肩に掛けて、隣に座った柳生を見る。相変わらずの涼しい顔だ。仁王と同じくらい動いたというのに、この男の表情は殆ど変わらない。額に浮かんだ汗で多少は疲れているのだと、漸く理解することができる。スポーツドリンクに口付けた柳生は、仁王の視線に気がつきどうしたのかと首を傾げた。


「相変わらず、涼しい顔して羨ましいのう」
「そうですか?」
「そうなんよ」


タオルを渡すときと同じように、今度はスポーツドリンクを仁王へと差し出す。息もそこそこに整い、渡された飲料水を一気に喉へと流し込んだ。冷たいそれが食道を通っていくのが凄く心地いい。目を瞑り、潤った喉が歓喜に震えるのが解る。ごくりと数回に分けて飲み下し、自分のすぐ横へボトルを置いた。三分の一程になったボトルの中身がちゃぽんと揺れる。


「流石は紳士じゃな」
「それとこれとは関係ないでしょう」


眼鏡を指で押し上げて、その姿は実に様になる。思わず見惚れてしまうような格好良さに、仁王はなんだか気恥ずかしくなり視線を外す。柳生とダブルスを組むようになってから、二人は何だかんだで一緒に居ることが多くなった。クラスは違うけれどご飯は一緒に摂ったり、放課後は部活で常に一緒だ。普通ならば仁王自身は関わることを嫌がるような正反対の人間なのに、テニスという切っ掛けは本当にすごいものだ、と仁王思う。


「この後はどうするん?」
「とりあえず、幸村君の次の指示を待ちましょう」


真面目にそう返した柳生の視線は、コートの方へ向いている。現在柳と赤也、丸井とジャッカルの試合の最中だ。仁王もつられる様に試合を見る。見たところによると、柳と赤也ペアの方が少しばかり優勢なようだ。現状を把握して、再び柳生へと視線を向ける。本当に、こいつは真面目だ。仁王はまた思った。


「仁王君」
「なんじゃ」
「試合を見なさい」


仁王の視線に気がついたのか、柳生の視線が仁王と交じり合う。そんなに気になるくらい見ていたのだろうか。ぼんやりと考えて、仁王はなんとなく微笑んだ。笑って誤魔化せるだろうか、なんて甘く考えていると、柳生が小さく息を吐く。


「笑って誤魔化せるとでも」
「思っちょる」
「…まったく」


心を読んだかのようなタイミングの良さで、思考していた言葉を言われる。口では仕方のないやつ、と言ってるくせに、柳生の表情は笑っていた。何だかんだ言って、柳生も本気で呆れているわけではない。本気で固くないから、仁王にとって柳生の側は心地がよかった。何かあれば相談に乗ってくれるし、何だかんだで優しいし。それは仲良くするようになって知ったことだ。ベンチへ片方の足を乗っけて柳生の方へ体を向けると、仁王は脈絡もなしに笑みを浮かべて言った。


「柳生、愛しとうよ」


これは嘘偽りのない言葉。唐突に仁王が愛を伝えるのはよくあることだ。嬉々とした表情で見つめてくる相手に、柳生は特に動揺する様子もない。何を馬鹿なことを。いつもならそれに近いニュアンスの言葉が返って来る。しかし今回は返ってこない。おかしい、と穴が空きそうなくらいに柳生を見つめていると、丁度コートの方から幸村の召集の声が聞こえた。


「では、行きましょうか」
「…ちょっ」


俺の言葉には一言も反応がないのか。ベンチから腰を上げた柳生へ抗議の視線を向ける。ぷうっと頬を膨らませて不満なのだと表面に出しても、一瞬仁王のことを盗み見ただけで幸村の立っている場所へと向かっていく。少しずつ遠ざかっていく柳生の背中になんとも言えない気持ちを抱いた。不意に柳生があっと声を上げてふり振り返る。驚いて仁王がその顔を見てみると、柳生は満面の笑みを浮かべていた。


「貴方が私を愛していることは、当たり前でしょう?」


さらりと、本当に当たり前のことだと言うように言われた言葉。思わず頷いてしまうくらいに自然な流れのように思えた。最初はぽかんとしていた仁王だが、言葉の意味を理解していくうちに顔の温度が上昇していく。


「…ずるいじゃろっ」


振り返っていた柳生はすでにこっちを向いてはおらず、背中は既に遠くに行っている。その背中を睨みつけるように、仁王はベンチに上げた膝の上に顔を埋めた。こんな状態で、召集されている場所に行けるわけがない。自分から軽い気持ちで言える。しかし、柳生は普段口にすることが殆どない。だから、不意を突かれた。今現在、自分の顔は真っ赤に違いないと仁王は確信していた。


「…柳生のばーか」


精一杯の愛しさを込めて言った言葉。丁度タイミングよく振り返った柳生を見ると、言葉が聞こえたのではないかと思う。なんとも言えない幸福感に包まれて、仁王の口元には自然と笑みが浮かんでいた。



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