丸井は疑問を抱いていた。どうしてか、今日はまだ仁王の姿を見ていなかったから。朝練はいつも大概いない。仁王という男は元々サボり癖があるから、それは立海のテニス部なら誰もが知っている。だから練習の時は大して気にしていなかった。また今日もいないのか、と苦笑交じりに仁王のことを考えただけで終わったのだ。しかし、不思議と朝のHRにはいつも必ず出席していた。それなのに、今日は何故かいない。自分の丁度後ろの席が仁王の席であるが、目立つ銀髪の持ち主がそこには存在していなかった。


「仁王はいないのか」


担任の声を聞いて、改めて丸井は後ろを振り返る。だがやはり、そこに仁王の姿はない。丸井は再び疑問を抱いた。後ろから数えた方が早い席だから、陰で何かをしていても結構気づかれない。丸井は携帯を開いて、アドレス帳を開く。そして仁王宛のメールを作成すると、さて何て書こうかと考えた。


(今日はどこに居るんだ、的なのでいいか)


いつもそんな感じの内容だから、と丸井はカチカチと文字を打っていく。簡潔な文だが、これでもいいだろう。送信ボタンを押して、送り終わったのを確認してから携帯を閉じた。そして気がつけば担任の話は終わっていたようで、教室ではクラスメート達が思い思いの中間休みを過ごしている。


(…雅治がいないだけで、こんなにも虚しいって)


なんだか不思議な感じだ。丸井はふとそんなことを思う。気がついたら側に居て、いつの間にかかけがえのない存在になっていた。今現在、丸井と仁王は恋人という関係にある。勿論、周りの人間でそれを知る者はいない。別に大っぴらに公表したいわけでもないから、お互いにそれで満足している。まぁつまり、何が言いたいのか、というと。


(アイツの存在って、やっぱデカイんだよなぁ…)


ということである。背もたれに体重を掛けると、僅かだが椅子が悲鳴を上げた。もう一度だけ、後ろを振り返ってみる。当たり前だが仁王はその席には座っていない。いつもなら後ろを向いて彼と話しているというのに、不思議な感じだ。ぼんやりと仁王の席を眺めていると、握っていた携帯が不意に震える。それに驚いて小さく肩を跳ねさせるが、仁王だろうとあたりをつけて開いた液晶に映し出された文字を見て、やっぱりなと丸井は意識を携帯へ移した。


『風邪引いた。学校行けない。』


簡潔に内容を伝える文に、一瞬だけ呆気を取られる。まさかあの雅治が風邪を引くなんて。まず驚いたのはそこだった。丸井は携帯に映し出された文字をマジマジと眺める。鳴ったチャイムの音さえも既に丸井の耳には入ってきてはいない。


『家族は?』


看病する相手はいるのか、と遠まわしにメールを送る。すると今度はすぐに返信が返ってきて、病人のくせに起きてんなよと思った。送っているのは丸井本人であるけれど。大丈夫なのかこいつ、と本気で心配にもなる。


『いない。一人。』


改行すらされていない文に、これは本当にやばそうだと丸井は直感的に悟る。そして気がつけば横に掛けていた鞄の中へ、先ほど机の上に出したばかりの筆記用具などを閉まっていた。それに、教卓に立っていた一限目の教科担任はぽかんと口を開く。


「おい、丸井」
「あ、あんすか」
「もう授業だぞ」
「すみません。俺、早退します」


それだけ言うと、教師は変わらずぽかんとしていた。教室を出る間際に何かを言っていたが、丸井は気にせずに教室を出ていく。まだ午前の授業が始まったばかりだから、教室の前を歩いていくとみんなの注目を浴びた。校門を出たあたりで、仁王の家に向かう道のりを慣れた足取りで歩く。途中で何かを買っていかないとな、と頭の中で適当に考えていると、携帯が突然震える。


「…なに?」


開いて液晶を見てみると、そこには仁王雅治の文字。メールを受信しました、と表示されたとおりメールを確認する。確認して数秒。丸井は弾かれたように携帯を仕舞い、鞄を肩に掛けなおして走り出した。この時間に中学生が歩いていれば補導されてしまいそうなものだが、今の丸井にはそんなことは関係ない。近くのコンビニに入って適当に缶詰を買うと、仁王の家へと一直線に走った。


「仁王、」


到着したときには既に息は切れ切れで、乱れる息を整えながら丸井はドアノブへ手を掛ける。鍵が掛かっているだろうと思っていた。しかし、ドアノブは簡単に右へと回り扉の奥を見せてくれる。まさか、鍵が開いていたなんて。無用心にも程がある、と思いながらも丸井は小さくお邪魔します、と言って玄関を上がる。何度も訪れた仁王の家。慣れた足取りで仁王の部屋へ続く階段を上がっていく。


「雅治、」
「……ブン、太?」


閉められていた扉を開けると、そこには辛そうにベッドへ横になった仁王がいた。額にはタオルを置いて、近くには薬の箱が置いてある。普段は青白い肌が今はほんのりと高揚していて、熱があるのだと一目でわかった。


「お前、本当に一人かよぃ…」
「おん。それより、お前さん…」
「あ?」


鞄を適当に立てかけて、途中のコンビニで買ってきた物を机の上に出していく。桃缶、みかん缶、なし缶など、とりあえずあったものを適当に買ってきてしまったらしい。熱冷まシートはくらい買ってくればよかったかもしれない。苦しそうに咳き込む仁王へ、喋るなと一言言うと、仁王はこくりと頷く。そういうところが可愛かったりするのだが、如何せん病人相手。丸井は高鳴る心臓をどうにか押さえた。


「ほんに、来てくれたんじゃな」
「ん?あぁ、まぁな」


一瞬なんのことを言われたのか、と思ったが、きっと丸井の走るきっかけとなったメールのことを言っているのだろう。変らずに、なんの飾りもないメール。しかしそれに書かれていたのはたった一文だったのに、丸井の心を酷く焦らせた。


『ぶんたにあいたい』


漢字変換すらもされていない、急いで打ったのだろうと思われる文章。それに、どうしてか丸井も急かされるように走らされていた。自分も会いたいと、心のそこから思わずにはいられなかった。ただ雅治が心配で、大丈夫かどうか。誰もいないというなら、俺が看病してあげないと。そんな使命感に駆られて、丸井はここまでの道のりを必死に走ってきたのだ。


「それよりもさっさと寝ろ。俺様が看病してやっからよぃ」
「おん…」


もぞもぞと安心しきった表情で布団を被りなおす。額に乗ったタオルを手に取ってみると、それは既に熱を吸収して生温かくなっていた。冷やしてくる、と立ち上がろうとした途端、服の裾を何かに引っ張られる。何か、なんていうけれど、ここにはそんな人物は一人しかない。丸井は仁王の方を見て、優しく話すように言って聞かせた。


「すぐ戻ってくるって」
「…側に、おって」


首を横に振っていやいやとする様は本当に子どものようだ。普段は大人びている雰囲気をしているから、尚更そう思うのだろう。どことなく放って置けないな、と笑いながらため息を吐く。このままだと、何故かわからないが泣き出しそうな雰囲気すらある。素直にベッドの横へと座ると、仁王は嬉しそうに顔を綻ばせてブン太、と名前を呼んだ。


「ぶん」
「んだよ」
「ありがとう」


幸せそうに紡がれた言葉に、丸井は思わず顔を赤くする。口元を手で覆って、俯いたから大してはわかりにくいが、今の丸井は耳まで真っ赤だった。暫くしてから聞こえてきた寝息にほっと息を吐く。安心しきった寝顔に、丸井は優しく仁王の頭を撫でてやった。


「たくっ、可愛いやつ」


少しだけならいいよな、と額に軽くキスを送る。随分と深く眠りについたようで、仁王は目覚めることなく夢の中にいた。
その後、寝込んだ仁王を丸井が献身的に看病したのは、仁王が目覚めてからのお話し。



書き上げるのに時間が掛かってしまい、本当に申し訳ありませんでした…(土下座)大変長い間お待たせしたくせに内容がご希望に沿えていなければ加筆修正受け付けておりますので、何なりと言ってください!
葵様、リクエスト本当に有難うございました!
(2011.1.6.Poncho Shiramine)
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