携帯の着信音が部屋に響いた。眠っていた仁王は微睡みの中で、その音を聞いていた。ベッドから上体をゆっくりと起こし、ベッドサイドに置いてある携帯に手を伸ばす。わざわざ一人の為だけに設定したものだから、掛けてきた相手が誰なのかすぐにわかった。折りたたみ式のそれを開き、液晶を確認してみると設定した通りの名前が表示されている。通話ボタンをぽちりと押して、耳へと携帯を近づけた。


「…もしもし」
『なんや、眠そうやなぁ』
「…実際に寝てたんじゃよ」


予告もなしに電話を掛けてきた相手に、不満を隠さずに返事をする。しかしそれに特に気にした様子もなく、電話の向こうの男、白石蔵ノ介は可笑しそうに笑った。こっちは睡眠を妨害されて少々苛立っているというのに。文句の言葉を数言か訴えると、白石はすまないと謝る。笑っているから、謝る気などないだろうというのは一目瞭然だ。


「突然どうしたん」
『ん?いや、雅治の声が聞きたいなぁ…と思っただけやけど』


あかんかった、と先程までの笑い声が止まり申し訳なさそうに聞いてくる。そうすると、こちらも申し訳なく感じてしまい別に問題はないと伝えた。基本的に本能のままに行動しているというか、なんというか。聖書なんて言われている男だが、白石と恋人という関係の仁王にはどこが、と時々思うときがある。言動が唐突すぎて。聖書というのはテニスだけの限定なのだろうけど、普段は結構普通な白石にほっとしたこともあった。


「事前にメールでも入れてや」
『送ったで。雅治が気づかんかっただけちゃう』
「…いつ頃」
『30分くらい前やな」


それなら、自分は夢の世界に居た頃だ。それは申し訳ないことをした。ごめん、と軽く謝ると、白石は構わないと笑う。自分も返信がないのに電話をしたし。お互い様だろうと白石は言った。


『時々、無性に雅治の声が聞きたくなんねん』


若干声のトーンを落として零された言葉は、心なしか寂しそうにも感じる。電話越しだから表情は見えないのでわからないけど。さらりと言われた言葉に、仁王は嬉しさとも羞恥ともつかない気持ちになり赤面する。同時に、目も少しばかり覚めた。


「…そうなん」
『なんや、反応薄いなぁ』


電話越しでも、この男は仁王が気恥ずかしいのだと理解しているに違いない。仁王の事に関しては天才的に敏感な男。それが白石蔵ノ介だ。監視でもされているのでは、と思うくらいに男は仁王の行動を知っている。例えば、学校で少し嫌なことがあったときなど、タイミングよく電話をしてきたりするのがいい例だろう。何度かあったその出来事に、一回、本気で監視カメラか盗聴器が仕掛けられているのではないかと探してしまったことがあったくらいだ。


「わかっちょるくせに…」
『なんの話しや』
「いや、別に」


ぼふんとベッドに体を横たえて、天井を見つめる。耳からは白石の声がするのに、目の前に白石はいない。神奈川と大阪、という離れた距離だから仕方がないのだけど。いくら交通の便が便利になったとは言え、中学生には金銭的に辛いものがある。会いたいときに会えない。仁王にとって、そして白石にとってもそれは大きな壁であった。


「今度はいつ会えるんじゃろ」
『さぁ、…冬休みになるんちゃう?』


冬休み。それはもう少しあとの話しになる。そこまで会えないのかと思うとなんとも言えず寂しいが、この男にはあえて言わない。言ったら迷惑が掛かる。何より、白石蔵ノ介という男なら神奈川に来かねないから。一回だけ、仁王がうっかりと会いたいと零してしまったことがある。仁王自身は特に意図して言った言葉ではなかったのだが、白石が次の日、突然神奈川に来たことがあった。嬉しかったが、驚きの方が大きかったのを今でも覚えている、衝撃的で。だから、無闇に寂しいや会いたいなどの言葉を言って、白石に迷惑を掛けたくなかった。


「冬休みが楽しみじゃね」
『そうやな』


俺も楽しみや、と笑う白石。もう冬なのだから、冬休みまでもそう長くはないだろう。そう自分に言い聞かせて、本当に嬉しそうに冬休みについて話し出す白石。耳を傾けて、うんうんと頷いて、他愛のない話をして。まだ先のことなのに、計画なんかも立ててみたりもした。白石の行きたい所、仁王の行きたい所。お互いに意見を出し合って、冬休みのことを考える。

何、そんなに長くない。
次に白石に会えるまで、大丈夫。仁王は自身に言い聞かせて、電話越しに聞こえる白石の声に笑みを浮かべた。冬休みが楽しみだと、自分らしくないくらいに心を躍らせながら。



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