※社会人


色々なことを経験した。生命という限られた、与えられた時間を生きることで。気が付けば自分はもう三十代に突入していて、時の流れる早さを実感する。その時間の中で、ゆっくりと移り変わっていくものに目移りしたこともあった。しかしその中で、ただ一つ変わらないものもある。今も尚、自分の隣で共に歩み続けている存在だ。


「雅治にあげたいもんがあんだ」
「……あげたいもの?」
「そ」


目の前できょとんとして、目を見開く姿は中学から変わらない。仁王雅治。それが俺の、もう十年以上も連れ添った大切な恋人だ。容姿は俺たちが出会ったあの頃からずっと変わらず、美しい存在のままそこに居る。年をとった事など微塵も感じさせないその姿は、昔から今日までのことを鮮明に思い出させた。今日は週に一度の休日。現在、二人で一緒にご飯を食べている最中だった。


「雅治喜ぶと思うなぁ」
「なんじゃそれ…」
「何、気になるか?」


にやにやと表情を緩めていると、テーブルを挟んだ向こう側にいた雅治が俺の頭を軽く叩いてくる。はやくしろ、と言わんばかりに視線で訴えてくる彼へ、ポケットに忍ばせていた小さな箱を取り出した。


「これ、って…」
「ついこの間パリ行ってきただろぃ?そん時にさ、やっと雅治に似合いそうな指輪見つけたんだ」


箱の蓋をあけて中を見せると、雅治は目を丸くして銀色に光るそれを見つめた。証明の明かりを反射して光るそれは、銀色に輝くペアリングだ。どういうことだ、と答えを求めるように俺へ視線を移した雅治へ、得意気に笑って言った。


「まぁ要するに、結婚指輪ってやつ?」


言うと、雅治は少しずつ顔を高揚させてくしゃりと顔を歪めた。今にも泣き出しそうな表情をして、俺が見せた指輪を見やる。そんな顔すんなよ。笑いながら、俺はその指輪を手にとって手に乗せる。不意に彼の顔を見てみると、雅治の目には既に涙の薄い膜が張っていた。歓喜からなのか、ぷるぷると体を震わせた姿は本当に愛しくてたまらなかった。


「俺、もう貰っとるのに…っ」
「でも俺が、もっとちゃんとしたやつを雅治にあげたかったんだよぃ」


雅治が貰ったと言っているそれは、恐らく高校のころに俺がバイトで貯めたお金で買った安物のペアリングのことを指しているのだろう。事実、それは今も変わらず雅治と俺の指にはまっていた。けれど昔から変わらずにはめられ続けたそれも、今では黒ずみ光沢を失っている。だから、どうしても雅治にあげたかったんだ。ちゃんとした、銀色に輝く愛の契約の証を。生きていればそれだけで人生というものは激動の連続だ。しかしその中で、変わらず一緒に居てくれた雅治。そんな彼へ、ちゃんとお礼がしたかったのだ。


「無茶苦茶なこと言う俺についてきてくれた、雅治へのお礼だ」


昔プレゼントしたリングを指から抜き、新しい銀色をはめる。向こうでは有名なブランドが出している指輪は、やはり想像した通り雅治には似合っていた。同じように自分の指輪も抜き、雅治と同じペアリングを薬指へとはめる。


「俺は…っ」


お互いの指で輝く指輪をみて泣きそうな表情を浮かべ、言葉を必死に紡ごうとする雅治を抱きしめる。勿論、彼が作ったご飯は零さないようにテーブルは避けたけど。
俺がパティシエになるためにフランスへ行くと言い出したとき、雅治は笑って俺を送り出してくれた。絶対に立派なパティシエになって帰って来いよ、という励ましの言葉と共に。だから、雅治が居てくれたから今の俺がいる。必死になって弟子入りを頼み込んで、世界的に認められるお菓子を作れるような職人ななれたのだ。修行の間も、励まし続けてくれた雅治が居てくれたから。


「ほんに、幸せもんじゃ…っ」


世界で一番、きっと自分は幸せだろう。別にこんな高いものを買わなくてもよかったのに。お前が居れば、それだけで自分は幸せなのだから。並べられていく言葉に自然と笑みが浮かんで、泣きそうに歪められた顔に更に愛しさが増す。そんなことを言ってくれる大切な人が居る俺こそ、幸せなのに。目元に溜まっていた膜が、許容量を越えてとうとう頬へと滑り落ちた。


「俺も、今滅茶苦茶幸せ」
「っ…阿呆」


ぎゅっと回された腕の温かさにじわりと心が温かくなる。言葉とは裏腹の行動。けれど、本当は喜んでいるからの言動だと長年の付き合いからわかる。耳元へ唇を近づけて、囁くように息を吐いた。


「これからも、一緒に居ような」
「っ…うん」


こくりと頷いた雅治の頭から少しだけ顔を離して、のぞき込むように頬を包む。涙を流して、しかし嬉しそうに笑う姿は本当に綺麗だった。幸せそうに弧を描く雅治の唇へ、俺はお互いの指に光る指輪へ永遠の愛を誓うように優しく口付けた。

どうかこれから先もずっと。
二人に与えられた時間が終わりを告げるまで、俺の側に居て下さい。



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