言ってしまった3週間前 謙也くんは知っていたかい。自分が君を好きだということを。いつの間にか惹かれていて、君が一番になっていたということを。親友以上の存在で、気がついたら目で追っているだなんてそんなメルヘンチックな気持ちを、自分は君に抱いているということを。いっそただの友達という感情をもてたならば、どれだけ良かっただろうか。きっとこんな苦しい思いなんてしなかったんだろうと思ったことが何度もあった。 「ちーとーせー!」 「…あ、謙也くん」 「あ、謙也くん…やないわっ!どこにほっつき歩いとったん?探したんやで…っ」 持ち前の足を駆使して自分を探していたらしい彼が駆け寄ってくる。今は放課後。俺は帰るのが面倒になって、ふらりと学校内を歩いていた。特にすることもないから、とぶらぶらと学校内を歩いていると、どうやら部活中の彼が俺を探しに来たらしい。俺の大好きな明るい声が自分の名前を呼ぶ。振り返ってみたらそこにはやっぱり想像したとおりの人物が居て、俺は彼だけにしか見せない笑みを浮かべた。 「ふらふらしとったとよ」 「ふらふらするんはええけど、部活にはちゃんと出ろや」 みんな気にかけてんで、とニッと白い歯を見せて笑う。一々仕草が子供っぽいなとふと思うが、言ったらきっと不機嫌になるだろうなと彼の表情を想像して心の中で笑う。目の前では説教じみたことをつらつらと言っている彼が居て、自分が居て。説教という部分は喜ばしいシチュエーションではないのに、俺はそれだけで幸せだなと笑った。 「な、謙也くんはどぎゃん用事でここに居ると?」 「…千歳、俺の話聞いとった?」 はぁ、と眉をハの字に下げた表情さえも、ほら、俺の心をざわつかせる。それはきっと、最近彼と話す機会が増えたから。 というのも俺を探す役目が部活内ではどうやら彼らしく、話す機会が増えたという、たったそれだけのことなんだけれど。 毎回毎回彼自慢の足で探し回って、肩で息をして一生懸命で、そして俺の手を迷わずに取ってくれる。きっとそれが自分の恋心に火をつけたきっかけの一つでもあるだろう。毎回探しにくるのが謙也くんである度に小さな期待を抱く自分を、君は知っていたかい。 「とりあえず、部室行こ。ほんでもって着替えて、部活出るんや」 「謙也くん、俺、今から昼寝ばしたい気分たい!」 「お前の気分なんか知るかい!ぐだぐだ言わんとはよ行くでっ」 そして今日も俺の腕を迷わずに取ってくれて、部室がある方へと連れて行く。この状況が嬉しくて、最近では故意的に謙也くんが迎えに来てくれるのを待っている。 きっと他の人だったら言われても絶対に行かないだろう。それがたとえ部長の白石であろうと。ふわふわとした幸福感に包まれて彼の話へと耳を傾ける。 しかしマシンガントーク宜しく、勢いで喋っていた謙也くんの口から俺が最も聞きたくなかった単語が飛び出した。 「白石も心配してんねん。あと他の奴らも。やから千歳ももっと参加するようにせーよ」 白石。要するに、部長の白石蔵ノ介のことだ。 俺はその言葉に反応した(ちなみに言うとそれは悪い意味でだ)。その後も彼の口から出てくる白石という単語が、どんどんと俺の気分を落としていく。 白石、白石、白石。 どうして彼の口からはその人物の名前しか出てこないんだろう。言うなら自分の名前にして欲しいのに。ねぇ、謙也くん。今俺の心は、酷くドロドロしたもので埋め尽くされているんだよ。嗚呼なんて、醜い男だろう。 「そういえば千歳、こないだ白石がな――」 「謙也くん」 「あ、なん?」 これで何回目になるだろう、彼の口からは白石という名前がたくさん出た。耐え切れなくなって遮れば、彼は前に向けていた視線を俺に向けて立ち止まる。普段ならば嬉しいはずのそれも、今は哀しい感情しか生まなくて、俺は覗き込んでくる謙也くん顔を見ながらニコリとわらった。 「謙也くんは、酷か男やね」 「…え」 目をパチクリとさせて俺の顔を見てくる彼は、目を見開いて驚いた。そりゃそうだ、突然酷いやつだなんて言われたんだから。言ってしまった、と思ってももう遅い。出した単語は戻ってくるわけでもないし、時が戻せるわけでもない。これ以上言ったら、ささやかな幸せすらもなくなるじゃないか。言わせまいとする感情が、まだ何かを言おうとする自分を非難している。しかし一回線が切れてしまったらしい自分の脳は、止まることができなくなっていた。 「俺な、謙也くん。謙也くんのことば嫌いなんよ」 「ち、とせ…」 「やけん辛かね、謙也くんと一緒に居るんが。もう俺には関わらんでほしか」 自分でも驚くくらい冷たく低い声に、自身の脳味噌は冷静に最低なやつだと批判をする。傷つける形で君を突き放して、最低な千歳千里という男がこの場で出来上がった。掴まれていた腕をゆっくりと外して、これが最後の会話になるんだろうなと思いながらどうにかして笑みを浮かべた人間を、目の前の彼はどう思うだろう。 「すまんね、謙也くん」 ささやかな幸せを自分から壊した千歳千里という男は、今どんな顔をしているのだろうか。見てみたいようで、見たくない。地面を歩くときに擦れる音が、やけに今日は耳障りだった。 そして最後に見た彼の悲しみに彩られた瞳はきっと見間違いなんだと自分に言い聞かせて、俺はその場から逃げるように姿を消した。俺のことを追ってくる彼の足音は、聞こえない。 (20100801) (加筆修正.20110520) |