いつからだろう、人を求め、愛を求め、ぬくもりを求め、何かを埋めるように人間という生き物を求めるようになったのは。 友達は沢山居た。 家族もみんな健全。 恋人だって居た。 それなのに、いつからか俺の中で何かがおかしくなり始めた。 なんて、言ってみたけれど本当は分かっているんだ。俺が、あいつを、求めすぎて焦がれすぎてしまった結果におかしくなってしまったのだと。 最初は本人が気付かない程度にゆっくりと狂いだし、いつしか不快な音を立て始め歯車がかみ合わなくなったのだと脳みそに知らせてきたのだ。 「ねえ、丸井ぃ」 猫なで声で喋りかけてくれる女、立ち位置的には俺の彼女と言うことになるらしい。俺の通う高校でも美人だとかかわいいだとかいうので有名な女だ。 だけど、俺には興味がない。 向こうが勝手に擦り寄ってきて、媚を売ってきて、俺はただそれに付き合ってやっただけ。本当の本命は俺の親友、中学からの付き合いのアイツただ一人だけなのだから。 だけど俺は、この女とはデートをして、キスもして、セックスもした。恋人という枠に嵌った二人がやることは、求められればすべてやった。 けれど、何も満たされない。 何も楽しくない。 何も得られない。 俺が本当にデートしたいのは、キスをしたいのは、セックスをしたいのは。こんな香水くさい、媚を売るような女じゃない。 そんな感情がいつしか俺の中の器を満たし、限度と言う名の我慢を溢れさせていた。 「…うぜえ」 「え?」 最初に人を殺したのは高校2年の時。相手はこの女だった。 そういえば、こいつの名前って何だったっけ。 それすらも俺は覚えていないし、所詮は興味もない対象だ。 だけどこいつをどうやって殺したのかというやり方はしっかりと覚えている。 どうやって殺して、どうやって証拠を消して、どうやって死体を置き去りにしたのかも。それは今も変わらない。 この手で殺してきた何人ものパターンを記憶している。決して酷似、類似しないように。 人を殺すのはゲームのようでとても楽しかった。 気分がどんどんと高揚し、興奮して、手が勝手に動いては頭の中が真っ赤になった。 生きている。 俺は今、生きているんだ。 そんな実感を得た。 「人間ってのは、随分と簡単に死ぬんだな」 薄暗い倉庫の中、誰一人として入ることのない古びた場所。 そこで女の両手足を縛り、毛布で女の身体を覆った。それで準備は万端。 あらかじめ睡眠薬で寝かせておいたから暴れる心配もない。 にやりと自然に口の端が上がるのが分かる。 気温は寒く、季節は冬。 きっと死体が腐ることはない。 持ってきた包丁を片手にもち、女の心臓があるであろう部分に先端の照準を定めた。 そのまま、布越しにためらいもなく刃先を進める。 肉を突き破る感触は想像以上にやわらかく、それでいて食用の肉とはまったく違うような感触がした。ぷつりと膜を裂いた感触。それはこの女の心臓を裂いた感触だと思う。ぴくりぴくりと女の身体が痙攣している。 刃先を更に進めていくと何か硬いものとぶつかった。それが骨であるとわかると、埋めていた包丁の刃先を抜いて今度は別の場所に刺す。それを、繰り返し繰り返し行った。 グロテスクな音が倉庫に響き渡るほどに繰り返し行われた作業はどのくらい行われていたのだろう。長いようで、短い時間だったかもしれない。 一瞬にして過ぎ去った時間が寂しいと思った。 いつの間にか乱れた息に、自分が想像以上に興奮していたことが分かる。 「おれ、は…」 付着した紅い液体を見る。それは毛布のおかげで飛び散らずに済んだようだ。俺はそれにも寂しいと感じた。 最初は白かった布も繰り返し刺され、作られた傷により真っ赤に染まっている。 なんて美しい。 俺はそのときそう思った。 形容しがたい興奮と、表現しがたい美しい光景。 これがこの世界の美だと、本気で思った。これ以外に美しいものはないと思うほどに。 「生きている、」 ぐるぐるに巻きつけた毛布は頭部だけ残して取り払う。醜い女の顔など、この高揚の後に見たいとは思わない。 我ながら器用なものだと感心した。出血の収まった身体は見るも無残に八つ裂きになっていて、内臓だって見えそうだ。 そこで漸く、俺は人を殺したんだと理解した。 手に残る生々しい惨殺の感触、付着した血液、真っ赤な光景、血なまぐさい臭い。 この世界では大義名分がない限りは人を殺すことは許されない。だから、俺が居たという証拠を消さないといけないんだ。 俺はいそいそと証拠を消すために動いた。 俺が居たという痕跡はすべて消し、指紋をすべてふき取って包丁は適当なところに放置しておくことにした。偶々近くに転がっていた度数の強そうなお酒で洗っておく。アルコール消毒と言うやつだ。一応念入りに拭いておいた。 どうしてこんなに冷静に行動を起こせるのかは自分でも不思議である。だって、俺は人を殺したって言うのに。 「生きてるんだ」 そう、俺は人を殺したのに生きている。何の拒絶もなく、この世界に存在している。 それは人の命を踏み潰した行為のはずなのに、何故こんなにも幸福と思えるのだろうか。 その場を後にして俺は自宅へと帰宅することにした。 押さえられない高揚をどうにか抑えながら、俺は美しい光景へと背を向けた。 そして次の日。 神奈川県某所の廃倉庫で少女の遺体が発見されたと言うニュースが流れたのは。 人目につかないところを選んだつもりだったが、どうやらそうでもないらしい。偶々散歩途中のおっさんが見つけたそうだ。 流れる情報を聞いて俺はキッチンのテーブルへと着いた。目の前では母親が忙しそうに朝食を作っている。 また普通の生活に戻ってしまった。そんな絶望とともに、また人を殺せばいいじゃないかという誘惑がひょこりと顔を出す。 そうだ、人間なんて五万といるのだから殺してもいいじゃないか。人を殺したいから殺す。 それが俺の大義名分だ。 「母ちゃん、飯!」 どこか晴れ晴れとした気分で朝食を食べる。嗚呼、なんて気分がいいのだろう。 そして今日はいつも以上の朝食を食べて学校へ向かった。 (20110717) |