言われてしまった2週間前 学校に来るのは久々だった。 というのも、一週間前の出来事以来謙也と会う可能性を極力避けるために学校にすら行っていなかったのだ。義務教育中だから、という甘い考えの下一週間を自堕落的に消化し、そして現在に至るというわけである。 「…態々、こんな暑い時に呼び出さんでもよかね」 本当ならば夏休みが始まるまでの期間をすべてサボってしまおうかとも考えていた。だがそんな千歳の計画を潰す電話が昨日、千歳が早い床に就いて寝ていたときに掛かってきたのだ。 「…、誰」 テーブルの上に無造作に置かれていた携帯に手を伸ばす。時間を確認しようにも部屋には時計がないので確認することはできない。唯一時間を確認できる物体も、現在はコールされているために確認は不可能だ。携帯のディスプレイを仕方なく確認すれば、千歳は表示されている名前に眉を顰めた。 「白石、」 珍しい人物からの電話だと思った。このまま無視することも可能だが、無視をしたらしたで後々何か言われることは目に見えている。レギュラーだからいつでも連絡できるようにしろ、という部長命令でアドレスを赤外線交換をした記憶もまだ新しい。そんな少し前の記憶を振り返る。少しだけ考えた後、しょうがないと千歳は携帯の通話ボタンを押した。 『…千歳か?』 「おん」 耳に押し当てた、電波から一番最初に運ばれてきた言葉は恐る恐るといった感じだった。普通ならば言うであろう挨拶すらもすっ飛ばした白石に、千歳はあからさまにいやな顔をする。 『電話するんは初めてやな』 「そうやね」 元々、お互いに苦手な存在同士だ。仲のいい友人のように、何度も連絡を取り合ったりすることもしない。突然何の用だとか、いろいろと言いたい事もある。しかしそれよりもまず、この男が自分にコンタクトを取ってきたこと自体に何か裏があると思った。 「白石が俺に用事っちゃ、おかしなこともあるんやね」 『そら、失礼なやっちゃな』 嫌味を込めて言ってやると、白石はとりあえず笑った。しかしどこか素っ気無さを感じる所に、恐らく白石自身も千歳とあまり話しては居たくないのだろうということは明白だ。それが声色に表れている。投げやりな言い方をする白石がなんとなく、彼らしくないなんて思ってしまう。 『まあ、実際はそんなこと、どうでもええねん』 それよりも本題はここからや。 そう言った白石の声はトーンは変わらず低かった。 『千歳、お前、謙也になんかしたんか』 謙也という名前が出てやっと、千歳はこの電話の意味を理解した。謙也に対する過保護な友情が、恐らく心配してこの電話を掛けさせたことがわかる。 「別に、なんも」 『嘘言いなや』 ドスの聞いた声で反論は許さないとでも言うように言葉を続ける。嗚呼やはり、こんな憤りに身を任せて冷静さを欠いている白石はらしくない。しかし完璧を目指す男の不完全な部分を見たような気がして、千歳は心の中で嘲笑った。 「俺なんは、どぎゃんして?」 『お前と最後に会った先週から、謙也の様子がおかしいねん』 そしたら原因はお前しかいない、ということらしい。白石の見解は十分にあたっていた。 だがここで、はいそうです何かありましたと素直に言う性格をしていない。千歳はあくまで白を切りとおすつもりでいる。 『千歳やんな、謙也のやつになんかしたんは』 「何の話ったい」 『とぼけんなや』 同じ言葉の押収が繰り返され、先に折れたのは白石だった。このまま話していても切りがないと思ったのだろう。この男らしい的確な判断だった。 『…もうええわ』 あからさまに吐かれたため息に、ため息をしたいのは自分だと内心舌打ちする。もうこのまま切ってやろうか、なんて思った。しかし白石はそんな千歳の考えを読み取ったかのように言葉を続ける。 『けどな、自分、明日の学校は絶対に来い』 「……は?」 なんで。その言葉は白石の言葉に遮られて言えなかった。 『ほんで、謙也とちゃんと話し』 「っ…、」 お節介にもほどがある。だがその声はすごく真剣であるということがわかった。 面倒くさいやつを友達にしたんね、謙也くんは。千歳は白石の言葉を聞く傍らぼんやりとそんなことを考えていた。 「なんね、そんなん…」 『拒否権はないで』 断る前にばっさりと切られ、断る口実がなくなる。関係ないとか、言えることは沢山あるはずなのにその言葉の数々が発せられることはなかった。 『そういうことやから、明日は絶対に来いや』 ノーを許さない白石の声に、思わず圧倒された。普段ならばこんなことはないのに、どうやら千歳自身も謙也が絡んでいることで何も言えないようである。そう思わないと、今の状況に説明がつかないのだ。 「白石、」 『あ、それと』 切る寸前に思い出したように声を上げた白石に、千歳はただ次の言葉を待つ。どうせ念を押されるのだろうと思っていた千歳の予想を、白石はまたも裏切った。 『次、謙也んこと泣かしたらお前んこと許さんからな』 言うだけ言って一方的に切られた電話。ツーツーと聞こえてくる一定音すら、千歳の耳にはすでに入っていなかった。 数回白石の最後と言葉が脳内をぐるぐると回る。次、ということは最後に会ったあの日に彼は泣いていたのだろうか。どうして、なんで彼は泣いていたのか。同時に湧き上がってきた疑問。気がつけば先ほどまでの眠気が嘘のように吹き飛んでいた。 「…授業中やね」 そうして冒頭に戻るわけである。 本来ならば来るはずなどなかったのに。あのお節介の部長の所為である。用がすんだらさっさと帰ってしまおう。そう考えていたのに、学校を目の前にして千歳は昨日の白石の言葉を思い出した。 (謙也くんが、泣いとった) どうして泣いていたのか、その理由も知りたかった。 ちゃんとした意味を理解しないと、今の自分ならば変な方向へ考えてしまう。自分の都合のいい様に。自分が好きだったから、泣いてくれたのではないかと。 「……ありえんね」 彼は誰にでも優しいのだ。自分だけが特別なんて、そんなことがあるはずない。 首を横に振って考えを改める。 下らないと考えを一蹴して、千歳は重い気持ちのまま校舎内へと足を踏み入れた。 (20110521) |