Diva to Love(僕とお菓子の唄。)



「え、いやちょっと…!」


数秒のフリーズの後、ブン太は頭を下げる謙也へ声を掛けた。頭を上げてくださいよ、と彼の肩を叩けば、ゆっくりと上がる頭。彼の表情はどことなく申し訳なさそうだ。そんな謙也を見ながら、今になって気がついた周りの視線に若干の羞恥を覚えてブン太は道の端へ行こうと謙也へ促した。


「…やっぱ、あかんか」
「いや、そういうわけじゃないんすけど…」


言うなれば、突然言われたことに驚いただけだ。しかしいくら修行をしているからと言っても、まだプロとしてブン太は認められたわけではない。多少の自信はあれど、自慢できる程の腕でもない。師匠からもそろそろお店に出してもいい、とは言われたがまだ出して貰えたわけでもなかった。そんな中途半端なものを人の誕生日ケーキ、それが気心の知れた友人ならまだしも遥華のマネージャーから頼まれたものであるから尚更躊躇した。


「ちなみに、誰の誕生日なんすか…?」
「遥華の歌の作曲も手がけてる財前光ってやつの誕生日やねん」


知ってる、と問うてくる謙也へ、ブン太は申し訳ないがと首を横に振る。すると謙也は目に見えて肩を落とし、そいつプロデューサーもやってんねん、と言った。なんでも、遥華のプロデュースもその財前という人が手がけているらしい。増えた情報を一瞬で記憶しながら、しかし今までの話のことを思い出してブン太は頭を振った。遥華自身も知り合いというなら、尚更不味いものを出すのは申し訳ない。目の前でため息を吐く謙也を見ながら、ブン太は思う。


「なら、もっとしっかりした店のもん出した方が…」
「ケーキの美味い店、この辺やと少ないやろ?」
「……まぁ」


近所のケーキ屋というと、チェーン展開されているスウィーツ店か数少ない自営業店か。ブン太の知っている限りでも、近所で本当に美味いと感じるお店は二つくらいだ。今ブン太自身がバイト兼修行をしているお店か、少し遠出したところにあるお店くらいである。それに当日となれば、ホールケーキはまず無理。なら何故予約しなかったのかと聞けば、店の定休日と丁度重なっていたから、という不運だった。


「だから、今日丸井くんに会ってラッキーって思ったんやけど…」


遥華の気に入ったお店で修行中だし、と。でも無理なら無理強いはしたくない、と謙也はぎこちない笑みを浮かべた。なんでも、その財前という人はチェーン店のケーキは好んで食べない人物らしく、市販品なんてもっての外。だからか、とブン太は納得していると、謙也はいつの間に床に置いていたらしい少し大きめの鞄を手に取った。


「まぁ、なんとなするわ」


おおきに。と本当に感謝する笑顔に、ブン太は少しだけ罪悪感を感じる。自分は何もしてないし、何より断った人間なのに。自分がしたことなのに、なんとなく申し訳なさを感じた。だからなのかはわからない。けれど、気がつけば立ち去ろうとした謙也の背中を、ブン太は呼び止めていた。


「あの…忍足さん」
「謙也でええよ」
「じゃあ、謙也さん」


持った袋を握りなおして、ブン太はゆっくりと口を開く。お菓子に自信がないわけではない。先ほども言ったとおり、自慢できる程の腕でないだけで。それなら、これも一つの腕試しだと思えばいい。自分の憧れる人物の側に居る人間に評価してもらえるのだと。考え方を変えれば、これも一つの評価の得方だと言える。自分の味を食したことのない人に、美味しいと思ってもらえるか。発想の転換、これもプロへの一歩だとブン太は一言前置きを入れて謙也へと言った。


「修行中の身ですけど、それでもよければ…俺にケーキを作らせて貰ってもいいですか?」
「…ええの?」
「俺の作ったケーキでよければ…って話なんですけど」


突然の申し出に驚いて、目を丸くさせる謙也。先ほどまで遠慮していたのに今はこれだから、驚くなというほうが無理な話だ。自分勝手は重々承知で言えば、最初は驚いていた謙也の表情も徐々に変わり、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ほんなら、頼むわ!」


再びブン太の居る元へ近づいて、謙也は大きく頷く。そしてブン太の手を握り、よろしくなと頭を下げたのだった。



(20101230)
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