Diva to Love(僕とお菓子の唄。)



買ってしまった。ブン太は思う。これが所謂衝動買い、というやつなのだろうかとまた思う。だがこれは計画していたことで、と誰に言い訳するでもなく袋一杯に入ったCDに目を遣った。遥華が今まで出したアルバム、シングルがすべてその袋に入っている。いつか買おうと思ってはいたが、まさかこんな早くに買うことになるだなんて。しかも全部だ。ブン太は1時間くらい前の自分に対してため息を吐いた。


「…ちょっとずつ買ってきゃいいのに、何やってんだ俺」


原因は分かっているのだけれど。ついこの間のコンサート。それはもう一週間前のことになる。夢のような、でも現実だったそのコンサートの影響だ。遥華というアーティストが紡ぎだす音楽に、ブン太は確実に虜になっていた。それに遥華本人にも会ったのだ、忘れられるわけがない。嬉しいような、懐が寂しいような、複雑な気分に陥る。買ったときはそれはもう、達成感で溢れていたのに。はぁ、と再びため息を吐くと近くにあったベンチに腰を下ろす。


「今日の出費は生活に響くぞ…うわ、どうすんだよ俺」


後先考えずに行動するのは悪い癖だ。昔母親に言われたことを思い出す。ブン太は家賃以外はすべて自分で稼いだお金で生活をしていた。家賃はそれこそ親に土下座して頼み込んだからどうにかなってはいるが。生活は本当に切り詰め状態。だからこそ、バイトで溜めた金は絶対に生活費に回さないといけない。食費とか、その辺は全部自分持ちだから。くそ、まずったな。ブン太はまたため息を吐いた。


「これ以上はバイト増やせないしなぁ…」


パティシエの修行のために、ブン太は定休日以外は全部バイトを入れている。学校が終わってから閉店するまでの八時まではバイトがある。それにその後も師匠に色々教えてもらったりすることもあって、これ以上のバイトは無理だ。どうしてもここのお店で修行したい、と決まっていた大学の推薦も蹴り飛ばしてきたというのに。しかも親に怒られてまで。本当に頭が痛い。主に自分自身の行動に、だが。


「くそっ、どうする俺…っ!」


ここで自分の行動に改めて後悔をする。いや、CD買ったこと自体は満足なんだけれど。でも自分の生活費の方がヤバイ。これは暫く昼食は抜いていくしかないだろう。朝と夜だけ食べれば、ととりあえず今後の予定を考えながら歩いていると、不意に後ろからブン太の名前を呼ぶ声がした。ふり返ってみると、そこにはつい先日、遥華のコンサートで会った人物。


「奇遇やなぁ。一週間ぶりくらいやね、丸井くん」
「あーっと…オシタリさん?」
「なんで疑問系やねん」


カラカラと笑いながらその人物はブン太へと歩み寄る。非常に人当たりいい、遥華のマネージャーの忍足謙也がそこにはいた。金髪をしていて、それなりに身長があるから結構目立っている。そこで、どうして彼が自分を呼び止めたのだろうか、という疑問が浮かぶ。しかもなんでこんなところに。驚いていると、謙也きょとんとしてブン太の顔を見る。


「俺の顔、なんか付いとる?」
「あ、そういうわけじゃ…」


思った以上に見ていたのか、謙也は苦笑していた。そんな謙也の反応に焦って弁解をすれば、また謙也の顔には笑みが浮かぶ。ほっと息を吐けば、ブン太は思っていた疑問を口にした。


「あの、俺になんか用っすか?」
「ん?いや、居ったから声掛けてみただけやけど?」


首を傾げながら言う謙也は、迷惑だったかと少しだけ哀しそうな顔をした。別にそういうわけじゃない。言えば謙也はまた嬉しそうに笑う。本当によく笑う人だな、とついこの間のコンサートの後、会った時と同じ感想を抱く。そして不意に謙也の視線が下に降りたかと思うと、それはブン太が持っていた袋へと向いている。


「…その袋」
「え?あ、これっすか。ちょっとCDを買いに行って…」
「もしかして、遥華のCDやったり?」
「っ!?な、なんで…っ」


ずばりな部分を当てられて、少しだけ驚いた。どうして分かったのだろう。という顔でもしていたのだろうか、謙也は笑ってその袋を指差す。


「やって、ジャケットが透けとるから」
「え。……あ」


指摘されて、漸く気づく。袋を目の高さにまで持ち上げると、確かに遥華のジャケットが袋から透けていた。うわ、恥ずかしい。これじゃ大量買いしたのが丸分かりだ。少しだけ恥ずかしい気分になりながら、ブン太は袋を持ち直す。


「そういえば丸井くん、今から暇ある?」
「暇?まぁ、ありますけど…」
「ほんなら、ちょっと聞いてもええかな?」


唐突な謙也の言葉に思わずこれからの予定を思い出す。今日はバイトは店の定休日で休みを貰っているし、あとは帰って飯を食べるだけだ。それでCDでも聴こうかな、と思っていただけ。特にないと言えば、謙也は数歩近づいてブン太に言った。


「丸井くんってお菓子作れるんやろ?」
「…まぁ修行中ですし、それなりに」
「やったら、頼まれてくれんかな?」


何を。ブン太は首を傾げた。お菓子が作れるか、と聞かれたらそれは作れる。中学から作っていたし、何よりお菓子作りが趣味だし。まだ店に出してもらえるほど上手くはないけれど。何を頼まれるのだろうか、と問い返せば謙也は笑みを浮かべて下を指差した。


「…えー、っと…?」
「誕生日ケーキ、作って欲しいねん」
「……は?」


誰の。今度もまた疑問符を浮かべる。誕生日ケーキを作ってくれだなんて、そんな唐突に。ブン太は謙也の顔を見ながら、眉を顰めた。だが謙也はそれを気にする様子もなく、手を合わせて頭を下げる。周囲からは何事かと好奇の視線が送られるが、今の二人にはそれすらも気にならない。


「な、頼む!丸井くん!!」


え、マジですか。ブン太は謙也の言葉を聞いてその場に固まった。



(20100823)
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