ステージの上で踊り、歌っている遥華は、会場にいるすべての者たちを魅了して、不思議なまでの一体感と興奮を味わわせてくれた。しかし演奏の最中で俺が感じていたのは、興奮と、喜びと、そして――。



Diva to Love(出会い唄。)



遥華の長かったようで短かったコンサートが終わり、時計を確認してみると終わったのは既に21時を回っていた。時間の流れすらも忘れてしまうことなんてことをお菓子作り以外に味わったことのない俺にとって、いまだ自分の中に溢れている興奮は色んな意味で不思議なものと感じる。心地の良い興奮を持て余しながらとりあえずその場の後にして、入ってきたときに見かけた関係者以外立ち入り禁止という看板が立てられている扉へと向かう。コンサートの後に会うことが出来る、という特権を忘れるはずもなく、更に魅了された俺は心躍るという言葉がぴったりな気分でその場所へと向かっていた。だが辿りついた次の瞬間、俺の気分は一気に硬直することとなる。


「遥華ー!出てきてー!」
「サインくれー!」
「キャー遥華ー!!」


予想していたような、していなかったような。見事に大勢のファンがその扉の前を陣取っており、俺は唖然とその光景を見つめる。コンサートの時も驚いたがわけだが、その後のファンの勢いも計り知れないと俺は驚き半分、呆れ半分でため息を吐いた。


「……なんつーか、すっげぇな」
「これもいつもなんすよ。ほんと、迷惑っすよね」


ごもっともな赤也の言葉に頷けば、警備員の人の声が聞こえる。これは警備員も大変だ、とあくまで他人事なのでしみじみと感じていると、隣で何やら葛藤していたらしい赤也が俺の腕を唐突に掴んできた。どうしたのかと赤也の顔を見てみると、そこには真剣な表情を浮かべている赤也。こいつのこんな顔はライブ以外では見た事がなかったっけ、なんてどこか外れた思考を展開していると、赤也は意を決したように言ったのだ。


「行くっすよ、あの戦場の中へ」
「……マジ?」
「マジ、大マジっす。そうじゃないと遥華さんに会えないし!」

ガッツポーズを取りながらいざ戦場へ、と意気込んでいる赤也に引っ張られながら人だかりに入っていけば、その中は外から聞いているよりも凄かった。遥華の名前の連呼に、警備員や係員への罵声が轟き、そしてお互いのファンへの罵声。とりあえずこの目まぐるしく恐ろしい世界から早く逃げ出したくて、赤也のことを盾にするように進んだ。するとなんとか扉の前にたどり着いたのか、警備員と係員に証明パスを見せると早く入ってくれと促すように扉を開ける。そしてその場から逃げるように入ると、周りからの視線とか罵声が今度は俺たちに集中したもんだから本当にファンって恐ろしい、と今日の教訓の一つに追加された。


「はぁ…つ、疲れた」
「んであんなに怖いんだよ、ファンって」
「知らないっすよ!」


むしろ俺が聞きたいっす、と力強く訴えてくる赤也にはいはいと気のない返事をして周囲をぐるりと見渡した。さっきまでの光景や騒ぎが嘘のように静かな廊下に感動していると、入り口とは反対側の方向から人がやってくるのが見える。その人物を見つけるや否や、赤也が突然その人物へと大声を出して駆け寄っていくもんだから、俺のほうが思わず焦ってしまった。


「ちょ、赤也…」
「忍足さーん、来ましたよー!」
「おぉ、お疲れさん。大変やったなぁ」


関西の方の独特なイントネーションに驚いてその人物の顔を見ていると、相手はにこりと笑って俺の顔を見る。よく見てみると髪の毛は金色をしていて、なんとも派手な頭の人だななんて思う(俺も人のことは言えないけど)。赤也が知っているということは関係者の人かな、と視線を少し下にずらして彼が首から提げている関係者用パスを見てみれば、そこには忍足謙也と書いてあった。


「そうそう忍足さん。この人がついこの間言ってた、先輩の丸井ブン太っす」
「ああ彼が。どうも、忍足謙也です。お噂はかねがね」
「?…どうも、丸井ブン太です」


にこりと人好きのする笑みを浮かべて、挨拶もかねて手を出した彼の手を握り返しながら自分も自己紹介をすれば、忍足謙也と関係者用パス通りの名を名乗った彼はよろしゅうと更に笑みを深くして笑った。噂、という部分になんだか引っ掛かりを覚えたが、きっと赤也の奴が何か言ったんだろうなと、後々奴に聞くことにする。忍足謙也は見た目自分と同じくらいか、または少し上くらいかなと彼の顔を見ていると、突然赤也が大声を出したもんだから、反射的な感じで赤也の頭を物凄い力で殴ってしまった。


「いってー!先輩、容赦ないっすよ!!」
「あー、わりぃ。つい条件反射で…」
「なんすかそれ!」


俺の横で文句垂れる赤也をとりあえず無視して、赤也が見ていただろう視線の先を追ってみると、そこには銀糸を持った綺麗な人物が立っていて、見た瞬間俺の心臓がどきりと跳ねた。なんせ今この場にそんな人間は、一人しかいないだろうと思ったから。
そう、さきほどまでステージの上で会場にいた人間全員を魅了していた遥華が、そこには立っていたのだ。


「賑やかじゃのう」
「は、遥華さん!酷いんすよ…先輩が突然殴ってきて!」
「そりゃ、赤也が悪い」
「俺なんもしてないじゃないっすか!」


遥華に泣きつくみたいに泣きまねをする赤也を視界に入れながらも、俺は目の前に立っている遥華に視線が釘付けだった。夢みたいだ、と思う半面でこれは現実なのだと喜んでいる自分がいる。特に何も喋れず唖然と遥華のことを見ていると、彼と呼んでいいのか不思議になるくらいの容姿を備えた遥華が、俺の方へと向いてニコリを笑った。それだけで、俺の心臓はドクドクと早鐘を打つ。


「一週間ぶりくらいかのう、ケーキ屋さん」
「…え?」
「ケーキ、おいしかったぜよ」


そして口を開いたかと思えば、それはあまりにも突然なことで理解するのに時間が掛かった。どこかで会っていただろうか、という疑問が脳内を掠めて過ぎ去っていくが、俺の中にはそんな記憶はない。こんな人物を目の前にしていたら確実に覚えているだろう、と記憶を巡らせていると、ふとどこかで喋り方のイントネーションに聞き覚えがあった。


「…もしかして、この間のお客さん?」
「おう。分からんかった?」
「うっそ、マジかよ!?わかんないって、普通!」


だってあの時のお客さんは確か髪の毛が黒かったし、男の平均くらいには体格はしっかりしていたように思える。でも今目の前にいる遥華はどう見たって華奢な体つきで、男らしさを感じさせる要素は皆無に等しい(まぁ胸はないけれど)。それでも似ても似つかないこの間の客と、脳味噌内で照らし合わせていると、遥華は手を俺の前へと差し出して無邪気に笑った。


「せやったら改めまして。遥華、改め仁王雅治言うもんじゃ、よろしく」
「あ、丸井ブン太です。ヨロシク」


握り返してみると意外と骨ばっている手だな、なんてこれまた的外れなことを考えて、更に早鐘を打った心臓をどうにか落ち着けようとする。だって、まさか、という言葉が生まれては消えということを繰り返し、しかし嘘だろう、と思っているよりも今現実に起こっている確信に、俺は自然と笑みを浮かべていた。まさか前に会っていたなんて。しかも自分のことを覚えていたということが、何よりも嬉しかった。


「今度ケーキ買いに行くきに、そんときはどうぞよろしく」
「おう、待ってる」


そしてこれが俺と遥華――雅治との二人の運命を変える出会いだったなんて、このときの俺には想像もつかなかった。




(20100723)
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