会場から声が上がる。それは遥華の名前だったり、歓喜の叫び声だったり。でも俺は声を上げるよりも何よりも、ステージの上に凛と立つ遥華本人をじっと見ていた。雑誌やテレビで見るよりも、本人は今まで見てきた何よりも綺麗だ、と俺はその美しさに目を奪われていた。



Diva to Love(出会い唄。)



コンサートの始まりは、とりあえず派手の一言に尽きる。雑誌とかで見ていた通り、遥華の格好は女のような服であるが、それが嫌味でないくらいに似合っていた。わざと肩を出すようになっているワイシャツに、首にはチョーカー、スカートは派手に赤と黄色とオレンジをふんだんに使った生地が薄そうなひらひらとしたもの。だがスリットが入っているために動けばそこからは遥華の綺麗な白い足が見え隠れして、思わず息を呑む。


「…すげぇ」


もうそれしか言えない、というように口にした言葉には歓喜と興奮のせいで僅かに震えている。食い入るようにして遥華の一挙一動を見ていると、不意に彼が俺の居る方へと視線を向けて。そして――綺麗に笑った。


「―――ッ!」


その笑顔が想像していたよりも美しく妖艶で、自分のことを見て笑ったわけではないだろうと分かっていても、赤面せずにはいられなかった。相手が男だろうが女だろうが関係ない、というように俺はその笑みに心を奪われて、思わず遥華、と彼の名前を口にする。それは隣の赤也も同じようで、偶々隣を盗み見ればぼーっと魂が抜けたように遥華の方を見ていた。遥華本人と知り合いだ、と得意気に話していた赤也だが、もしかしたらチケットを貰っただけでこいつもちゃんと喋ったことがねぇんじゃねぇの、と思った。


『――今日はコンサートに来てくれてありがとう!』


登場の音楽が終わり、マイクを通した声が凛と会場に響いて会場からも遥華の言葉に応える様に歓声がわーっと上がる。そしてにこりと笑った遥華は会場を見渡して、右手を大きく上げた。彼の一挙一動に歓声が上がり、俺の心もどんどんと昂ぶっていくのが分かる。まだ唄すら始まっていないような状態なのに、なんだか不思議な感じだ、と俺はどこかぼーっとする頭の隅で考えていた。


『みんなのおかげで、無事コンサートを始める事ができました。今日も頑張っていくので、一緒に盛り上がっていこうぜ!』


マイクを天にかざすようにして叫べば、観客も同じように声を上げてそれに応えた。そして一点を照らしていたライトがなくなり会場が一気に暗くなる。これから凄いことが始まる、という雰囲気に急かされるように音楽が始まり、ステージの両端からダンサーと思われる人々が現れた。そしてどーんと凄い音を立てて火が噴出し、会場が色々な色のライトで照らされたかと思えば遥華の衣装が変わっていた。


「…マジに衣装変わんだ」


遥華のコンサートの見所は、遥華の声や曲、歌唱力などももちろんあるのだがパフォーマンスが凄いと雑誌に載っていた。衣装チェンジは数曲ごとにして、照明は客も盛り上がるように派手で色彩豊かなライトがステージを彩り、途中にあるMCなどは客への配慮ができたコンサートと有名らしい。事実、今俺の目の前で踊りながら歌っている遥華は今日一度目の衣装チェンジをした。そして始まりの曲も、これから始まるコンサートのためにアップテンポで乗りやすい曲が選択されている。


「すげ…」


周りの客も、隣の赤也も、遥華の歌う曲に乗せてペンライトを振って楽しそうにしている。俺も本当ならばそうすべきなのかもしれないが、それよりも俺は楽しそうに歌っている遥華に目を奪われてそれどころではなかった。カッコイイや綺麗、妖艶をすべて兼ね備えたような、女ならば嫉妬してしまいそうな遥華という人物は、きっと俺が生きてきた中では見たことがないような美人だ。ドクンと跳ねる心臓に苦笑して、これは一種の一目惚れってやつなんじゃないかなんてどこのベタな少女漫画みたいな展開だ、とおもわずおかしくなってしまった。


「やばいだろぃ、これは…」


何気なく呟いた言葉は会場の音楽にかき消されて誰にも聞こえることはなかったが、俺はただ遥華の魅力に惹かれていた。最初に始まったようなアップテンポな曲が四曲ほど演奏されたところで、先ほどまで賑やかだった照明が水色と白いライトだけになる。気がつけば遥華の衣装も先ほどと違った、白を基調にしたものに変わっており俺は意識を突然現実に戻されたような錯覚に陥った。


『これから歌う曲は、俺がみんなに名前を知ってもらうきっかけとなった大切な曲です。いつまでも初心を忘れないよう、みんなに聞いて欲しい。それでは、Diva(ディーバ)です、聞いてください――』


ステージの真ん中に立ちながら真剣な表情でそう言った遥華に、水色のライトが照らされる。暗くなった会場に最初に響いたのはピアノの旋律で、どこか物悲しいその音に耳を奪われていれば、遥華の声がそのピアノに重なり悲しいハーモニーを更に色濃くした。


『私を世界と繋いだのは唄だった
何もない私
悲しさに涙を流したの』


彼の歌声が震えているような気がするのは一瞬の俺の気のせいなのかとも思ったが、そうじゃないらしい。今すぐにでも泣いてしまいそうな彼の表情にシンクロするように、俺の心もツキリと痛む。他のやつもきっと同じように感じているのだろうと見渡してみたが、他の客はただ遥華の歌声にほぅっと聞き入っているだけで俺が感じているようなことを思っていそうなやつは一人も居ない。どうしてなんだ、と遥華の歌声を聴きながら首を傾げれば、遥華の歌声に更に悲しさの色が滲み出た様に思えた。


『でも私の手を引いてくれた
そんな貴方に包まれて
私の世界は変わりました』


徐々に盛り上がってくる歌い方とメロディーに、少しずつバックにバイオリンの音やドラムの音が追加されていく。サビの部分まで差し掛かった頃、暗かった照明に黄色の色が増えて、ドラムの音がダンッと力強く響いた。


『この歌声が届かないのなら
私は愛を歌い続ける
いつか君に届くように
届きますように
永遠を奏でたこの声で
I'm singing love song...』


悲しみを含んだその歌声が、俺の心をじわりじわりと悲しみに染めていくようで、俺は知らず知らずの内に涙を流していた。この悲しさはなんなのだろう、と思わずにはいられなくて俺は涙で濡れた視界で、遥華のことをただじっと見ていた。




(20100607)
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