時間なんて過ぎるのは本当に早いな、なんてしみじみと思ったのはきっと20年生きてきた人生の内でも今が初めてだと思う。何故なら俺は現在、まだ先だと思っていた遥華のコンサートが行われる会場の前に立っているのだから。



Diva to Love(出会い唄。)



コンサート一週間前から考えて、時間が過ぎるのは本当に早かった。不思議な客が来たその次の日からバイトは突然忙しくなり、そしてその合間で師匠がそろそろ俺の作ったお菓子を店頭に出しても良いと褒めてくれて更に大忙しになって、大学の勉強と両立するのは本当に大変だった、とこの一週間をふり返る。結局またね、と言ったあの客がまたうちの店に来ることはなかったけど、それすら忘れてしまうほど俺も忙しかったのだ(うちの店だって特別安いワケじゃないから、中々買いに来る事だって難しいし)。そしてコンサートの三日前、俺を誘った張本人の赤也から待ち合わせ時間と場所の連絡を貰い、久しぶりにチケットを手に取った。


「もう三日後か…」


なんだか早いな、と思ったのも昨日のことのように思えるほどコンサート当日になるのは非常に早かった。現に今俺は赤也との集合場所であるコンサートホールの前に居るわけで、開場まであと三十分くらいだから人がごった返している。本当に人気なんだなぁ、と改めて感じていれば、大勢の人の中に見知った人物の姿を見つけて俺はその人物の名前を呼んだ。


「おーい、赤也ー」
「…あれ?丸井先輩早いっすね。どうしたんすか」
「別に。偶々早く起きちまったもんだから早く着ただけだ」
「へー…珍しいこともあるもんなんすね」


珍しいものを見るような目で俺のことを見てくる赤也の頭をとりあえず一発ぶん殴っておくと、赤也は抗議の声を上げたが気にしないといように明後日の方向を向いた。すると暫くは何やらぎゃーぎゃー言っていた赤也だったが、俺が聞いていないと分かると静かになる。そしてそんな赤也をとりあえず見てから、俺は先ほどから思っていた素直な感想を口にした。


「にしても、すげー人だな」
「でしょ。でもいっつもこんな感じなんすよ」
「…遥華の人気ってすさまじいわ」


一時期俺も赤也と一緒にバンド活動をしていたことがある。しかし無名のバンドだったし比べる対象が違うので当たり前なのだが、こんなに大勢の前で楽器を弾いたりしたことはなかった。やったとしても精々文化祭のライブが最大規模だ。俺はギターボーカルを担当していたのだけど、こんな大勢の前で歌ったらどんな気分なんだろうと思う。大勢の人間に呆気をとられてあたりを見回していると、赤也が呆れたように口を開いた。


「おのぼりさんじゃないんすから、あんまりキョロキョロしないでくださいよ」
「別にいいだろぃ。減るもんじゃなし」
「まぁそっすけど」


はぁ、とため息を吐いた赤也に再び拳骨をくわえれば、今度は恨めしそうな視線で俺のことを睨んできた。しかしそれと同じくらいのタイミングで、コンサート会場前の広場に流れたアナウンスに赤也もそっちに耳を傾けたらしい。


『16:30より開始の≪NO.2010遥華コンサートツアー≫の入場を開始致します。チケットをお持ちの上、入り口の方へお進みください』
「あ、入場始まりましたね」
「みたいだな」


アナウンスを機に一気に入り口へと流れていく人ごみにどうにか乗りながら、財布からチケットを出した赤也を確認して俺も財布からチケットを取り出す。すると俺たちのチケットを見た周りの人が突然そのチケットを見ながらひそひそというもんだから、俺はうざったいと周りを睨んだ。


「…なんでジロジロ見てくんだよ。気色悪ぃ」
「なんでって、そりゃこのチケットが特別だからっすよ」
「そりゃ聞いたけどよ。だからって…」
「実はっすね、これ関係者からしか手渡されない特別なチケットなんっす」


だから周りの奴が持っているチケットとは柄が違うでしょ、と回りに居る客のチケットを指しながら言うもんだから、確認してみると確かに違った。今俺が持っているチケットは黒くって、白く遥華のシルエットが描かれている豪華なやつ。だが周りの客が持っているのはコンビニ予約での、ライブとかだとよく見るタイプのやつだった。そのせいでか、と納得しているといつの間に入り口にたどり着いたのか、押されるように係りの人へチケットを渡す。すると係りの人の動きが一瞬止まったもんだから、なんだと首を傾げていると入場券部分が切り取られたチケットと一緒に、よく会社とかで掛けさせられる社員証パスのようなものが一緒に渡された。


「…なんですか、これ」
「それは特別チケットをお持ちの方にお渡ししているものです。無くさないようにお願いいたします」
「はぁ…」


そう言って丁寧に説明してくれた係りの人の言葉に訳が分からなかったが、とりあえずは頷いて赤也の方を見てみると、赤也も俺と同じように社員証パスのようなものを受け取っていた。入場の混雑から少し離れたところでなんとか赤也と立ち止まり、俺は先ほど渡されたパスを指しながらこれはなんだ、と赤也に聞く。すると赤也はそれを首に掛けながら得意げに喋りだした。


「これは、後で楽屋に行けるパスなんっすよ」
「ほー…って、は?今なんつった?」
「だから、これは特別チケット持ってるやつ限定で貰える、関係者しか行けないところに行けるパスなんですってば」


すごいっしょ、と自慢げに話す赤也に俺はぽかんとしながら、先ほど渡されたパスを再び見る。よく見てみるとそこには関係者用パス、と丁寧に書かれておりすごいなと思う半面でなんでこんなものが渡されたのかと疑問を抱いた。しかしそんな俺を他所に、チケットを持って座席へ向かおうとしている赤也の後ろに咄嗟に着いて行く。


「置いていこうとしてんじゃねぇよワカメ!」
「ワカメじゃないっすよ!…あ、ここっすね」


ステージが近そうだ、と目を輝かせて分厚い扉を開けた赤也の後ろを着いて行けば、確かにステージに近い場所に席があった。流石は特別チケットというか、ステージのまん前の席に座り、周りを見渡してみれば他の客も忙しなく席を探している。なんというか得した気分だ、と優越感に浸っていれば赤也が俺の肩を突いてきたもんだからなんだと赤也に視線を向けた。


「先輩。そのパス、首から掛けといてくださいね」
「わかってるって」


こんな特別なチケットを鞄の中に突っ込んでおく、なんて馬鹿なことをするはずもなく(盗む奴とか居そうだし)、言われたとおりにパスを首から提げれば、周りの人々は羨ましいという視線を投げかけてくる。初めてのコンサートにこんないい想いをして、もしかしたら俺は幸せ者かもしれないとつくづく思う。だから赤也にお礼くらい言っておくか、と今度は赤也の肩をとんとんと叩けば、なんすかとステージから俺に視線を寄越して首を傾げた。


「今日はありがとうな。礼くらいは言っといてやるぜぃ」
「あんまり心篭ってないっすけど、今日は許してあげます」
「あ?んだと赤也」
「すみません、嘘です」


恐縮する赤也を見ながらふんっとステージのほうへ視線を向ければ、興奮状態に包まれた会場に俺のテンションも昂ぶってくる。このステージで、あの雑誌に載っている遥華が間近で見られると思うとやはり興奮せずには居られない。早く始まらないかな、とドキドキしながら待っていると、会場の照明が落ちて会場の雰囲気は一気にヒートアップした。


「もうすぐっすよ!」
「だな…っ」


高鳴る鼓動に促されるように俺も席を立てば、ステージに一点のライトが点される。そして突然クラッカーのようにパンパンッと光が弾けたかと思えば、その照明は雑誌やテレビで見ていた遥華を照らしていた。



(20100607)
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