赤也から突然のコンサートのお誘いをいただいて一週間が経つ。あの後、適当に世間話をして解散した俺は、本屋へと足を向けた。いつもならば一番最初に向かうお菓子作りの本が置いてあるコーナーへは向かわず、初めて音楽雑誌のコーナーの前に立った。そして先ほど赤也が持っていた雑誌と、同じように遥華が特集されている雑誌を数冊持ってレジへと持っていった。



Diva to Love(出会い唄。)



コンサートに折角行くんだから、とその相手のことを知ろうと俺にしては珍しく熱心に色んな雑誌を読んで、大学の講義の合間とか、バイトの合間は決まって雑誌を読んだ。もちろん遥華の特集が組まれている雑誌限定で、だが。そんな俺を大学の連中はもちろん、バイト先の人にまで何があったんだと驚かれた。俺がお菓子以外のことに興味を持つのがそんなにおかしいか、と聞き返せば相手は決まっておかしいと笑ってくれた(ちなみにそんな奴には拳骨を一発くれてやったけど)。


「…あと一週間かぁ…」


赤也に渡されたチケットを見ながらそう呟けば、お客の居ない今のお店には俺の声が虚しく響く。大学が終わってからのお店はそれなりに繁盛するのだが、今日はお店の中に人は一人も居ない。俺が働かせてもらっているこの店は、所謂知っている人は知っているという隠れた名店で、パティシエになるために弟子入りするのには相当骨が折れた。今はこうやってカウンターで接客しているが、普段は師匠と呼ばせてもらってる人と一緒に奥に引っ込んでいるため、接客は新鮮であるがお客が居ないので暇でもある。今日は偶々夫婦で一緒に経営している、俺の師匠の奥さんが病気で倒れてしまったためにこうして俺がカウンターで接客をしているのだ。いつもなら雑誌などで知った人が結構いるのにな、と思いながらケーキの入っているディスプレイの上で雑誌を広げて暇を紛らわせていた。



「…滅茶苦茶暇だ。死にそうだぜぃ」


はぁ、とため息を吐けば更に暇を感じる。ディスプレイにうつ伏せになるようにして背筋を伸ばせば、骨がパキパキと鳴った。時計を見てみる。すると時刻はもうすぐ六時を指そうとしている。冬が過ぎ、春が来たと思ったら夏がやってこようとしている季節なため、外はそれほど暗くはない。今日はもう誰も来ないかな、と大きく欠伸をすれば、突然からんと軽快な音を立てて扉が開かれた。


「い、いらっしゃいませ」


突然の客に驚いてビシッと姿勢を正せば、お客さんはそんな俺を見てクスリと笑った。うわっ恥ずかしい、と紛らわせるために視線を外して時計を見れば、丁度六時を指したところだ。チラッとカウンターの向こう側を見てみると、ディスプレイに並んでいるケーキを真剣な表情で見ているお客さんがいて、俺は相手を気にしながらチケットを雑誌に挟み雑誌を畳んで、適当な場所に置く。そして注文を聞くためにメモを取り出して、お客さんの言葉を待った。するとタイミングよくディスプレイではなく俺に視線を移したお客さんに、思わずドキッとしてしまった。


「ここのお店のおすすめは?」
「あっと、この桃のタルトと。モンブランです」
「…じゃあ、その二つをいただけるかのう」


独特のイントネーションにどこの人だろうかと考えながら、俺はトレイにその注文されたケーキを乗せて確認をとる。するとお客さんは頷いてニコリと微笑んだ。そんな帽子から僅かに見えた笑顔に思わずどきりとした自分を叱咤しながら、そのケーキを箱に移していく。お店の中に流れる静かなクラシックだけが聞こえる中、再びお客さんに声を掛けられたので俺は思わず裏返った声が出た。


「そないに緊張せんでもええよ」
「あ、すみません…」
「ここのケーキ。知り合いに美味いって聞いての。一遍食べたいと思とったんじゃ」
「そうなんですか」


ケーキを箱に入れ終わり、帰宅時間を聞いて保冷剤を入れてその箱をカウンターへと置く。二つ分の料金をレジに打ち込んで値段を言えば、お客さんは財布から千円札を出す。レジの中に入れておつりと箱を渡せば、お客さんは俺の後ろに視線を向けて、それ、と口にした。


「それ?」
「その雑誌、読んどるんか?」
「え…あぁ。この遥華って人の特集を読んでるんです」
「ほぉ」


小さく頷きながらその雑誌を見ているお客さんを見て首を傾げれば、お客さんはまた微笑みながらその雑誌を指差す。帽子で顔がよく見えないけれど、口元だけにこりと笑っているのが分かり、お客さんは首を傾げて俺に疑問を投げかけた。


「遥華、好きなんか?」
「まぁ。ついこの間知ったばかりなんですけど」
「…そうなんか。ならよかった」


そう言って箱を受け取り踵を返したお客さんの後ろ姿を見て、ありがとうございました、と定番の挨拶をすれば、お客さんは少しだけふり返って俺に向かって手を上げた。そして優しい声色で、またね、と言ってお店を後にしたのだった。


「…なんだ?」


ならよかった、とは一体どういう意味なのかと考えてみるが、結局はよく分からないので考えることを中断した。またね、というのはきっとまたお店に来るということだろうと思いとくには考えない。先ほどお客さんが指した雑誌を手にとって表紙を見てみれば、そこにはやはり相変わらず遥華が綺麗に微笑んでいて俺は首を傾げたのだった。


「あの客も、遥華のファンだったのか?」


だったら納得だけど、と最後に言われたどこか意味ありげな言葉に未だ疑問符を浮かべながら、再び大きく欠伸をした。しかし近いうちにまたその客と顔を会わせることになるなんて、今の俺は想像もしていなかった。

そしてコンサートまであと一週間。




(20100606)
(加筆修正_2010.6.7--)
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