そのアーティストとの出会いは、偶々通った賑やかな繁華街でだった。透き通るような声に、それでいて力強い歌い方に一瞬にして虜になる。心の中でその昂ぶりを表現するより先に、俺はその歌の源である音源を探して大きなテレビを見つけた。大きな画面には、この世のものとは思えないほどの、綺麗な人物がその唄を歌っていて、嗚呼納得と頷く傍らで一瞬にして心を奪われた。



Diva to Love(出会い唄。)



「…ハルカ?」
「そ、遥華っす」


今日もいつもの様に大学の講義を終えて、俺がパティシエ修行に行っている洋菓子店の仕事を終え中学の頃からの付き合いである後輩の切原赤也を呼び出し、今日俺が見た歌手の事を聞いた。すると目の前の赤也はなんだそんなことか、というようにその歌手の名前を口にする。まるで女みたいな名前だな、なんて思いながら鸚鵡返しに聞き返せば、赤也は注文したファミレスの何の特徴もないケーキを頬張っていた。


「丸井先輩、知らないんすか?」
「…知ってたらお前になんか聞かねぇだろぃ」
「まぁ、そうっすよね。先輩お菓子以外のことに興味ないし、知らなくても当然か」
「うっせぇ」


赤也の食べているケーキを横取りして一口でそれを食えば、あーっと抗議の声が上がる。口の中に特徴のないケーキの味を味わいながら、甘ったるいジュースで流し込んだ。恨めしそうに見てくる赤也を気にせず自分が注文したパフェを食べれば、赤也は不満げに眉を吊り上げて俺のことをじとっと睨む。このパフェはやんねぇぞ、というように腕で隠せば赤也はべーっと舌を出した。


「にしても丸井先輩。本当にモグリっすよね」
「あぁ?」
「遥華っていえば、今超有名な歌手なんっすよ」
「…へー」


自分のことのように得意気に話す赤也も、ちなみに言うとバンド活動をしているバンドマンだ。現在はインディーズのバンドで知名度もそこそこに、なんでもレコード会社から所属しないかという話があったとも聞いている。興奮して話しに来たときの赤也を思い出しながらパフェの上に乗っかるアイスを食べれば、冷たさと甘さが口の中に広がった。


「この雑誌にもほら、載ってるっしょ?」
「…すごいな、巻頭カラー」
「雑誌なんてみんなカラーっすからね」


お菓子雑誌しか手に取ったことがない俺にとって、音楽雑誌すらちゃんと見るのも初めてで、渡された雑誌を興味津々で手に取った。表紙には銀髪の、今日でかいテレビで見た人物がプリントされていて、改めて見ても思うが凄く綺麗だ。こういうのを美人って言うんだろうな、と思いながらパラパラとページを捲れば、表紙と同じ人物の特集が組まれている。笑った表情とか、ちょっと挑発的に笑うところとか、性別が分からないほどの容姿に思わず見入った。特集の部分だけ軽く見て赤也に返せば、目の前のコイツはニヤニヤと笑いながら俺の顔を見ていて、少しムカついたので睨んでやる。


「…んだよ」
「どうっすか。この人、滅茶苦茶綺麗っしょ?」
「そうだな。ちなみにコイツ、男?」
「そっすよ」


容姿だけ見たら男だか女だか分からないな、と思いながら赤也の持つ雑誌の表紙を再び見れば、そうだよなと改めて納得した。いそいそと鞄の中にその雑誌を戻す赤也を見て、今度はスコーンを口に含む。やっぱりスコーンだけは結構いけるな、なんて思いながらパフェを突いていれば、赤也は突然思い出したようにあっと声をあげた。そんな赤也になんだよ、と眉を顰めて視線を寄越せば、嬉しそうな表情で俺のことを見るコイツと視線があう。


「なんだよ、気持ち悪ぃな…」
「先輩知ってましたか。キモイって言われるよりも気持ち悪いって言われる方がショック受けるって」
「しらねぇ。つかなんだよ」
「ああ、そうなんすよ!」


ショックを受けてへこんだかと思えば突然元気になったりと、中学から変わらず忙しい奴だ。嬉しそうに笑いながら俺の顔を見てくる赤也を見ながら思えば、再び鞄の中をごそごそと漁って何かを俺の前に突き出してくる。なんだ、と思い首を傾げてそれを見れば、赤也は封筒のようなものからなにやら二枚の紙を取り出して、俺の眼前へと突き出してきた。


「近いっつの」
「あ、すんません」
「なんだよこれ」
「なんだって、遥華のコンサートチケットっすよ!」


いいでしょー、なんてニヤニヤと笑いながらそんな自慢をしてくるもんだから、思わず気持ちが悪いなんて思ってしまった。だからなんだよ、とその腕を突き返せば赤也はそのチケットをテーブルの上に広げながら、俺の顔を今まで見た事がないような真剣な表情で見てきたので、思わず息を呑んで真剣な声で聞いてしまった。


「…なんだよ?」
「丸井先輩。遥華に興味持ちましたよね?」
「ん?あぁ、まぁな…」
「というわけで、一緒にコンサート行きませんか?」
「……は?」


何を言うんだお前、という目で赤也のことを見れば、赤也はいまだに真剣な表情で俺のことを見ていた。流石にこれは真面目な話なのではないか、と何故俺を誘うのかという旨を聞けば、赤也はじっと俺の顔を見ながらゆっくりと口を開く。


「…丸井先輩なら、遥華に特別な感情は抱かないかなと思ったんで」
「いや、意味わかんねぇし」


何のことだ、と赤也のことを怪訝な顔で見ればさきほどまでのシリアスな顔はどこに行ったのやら、情けない表情に変わっていた。驚いて眉を顰めれば、赤也は俺の手をガシリと掴んで懇願するような目で俺のことを見てきたのだ。


「遥華って熱狂的なファン多いんすよ。だから変な奴は連れてけなくって…そこでお菓子以外に興味がない丸井先輩なら平気かなと思ったんす」
「そうかそうか。さり気に失礼だなお前」
「でも興味のない人を無理矢理誘うのも気が引けたんで、少し知った今の丸井先輩なら平気かなと」
「お前無茶苦茶だな」


なんというか滅茶苦茶な理由だったが、遥華という歌手に興味を持った今では行ってもいいかな、と思わないわけでもなかった。実際のところ、最近ではお菓子作り以外で興味を持ったことなんてなかったから、赤也の誘いが悪いものには聞こえない。食べ終えたパフェの器にスプーンを入れれば、からんと音がした。


「別にいいぜぃ」
「まじっすか!?ありがとうございます!!」


がたんと音を立てて席を立ち上がってお辞儀をしたかと思えば、回りの驚いた視線に晒された赤也は恥ずかしそうに席に座る。テーブルに並べられているチケットを手にとって見てみれば、そこには確かに遥華と書かれた文字が並んでおり、日時を確認すればその日は丁度大学も修行先の店も休みだった。丁度いいタイミングにやるんだな、と笑えば赤也はご丁寧にチケット代の徴収をしてきたので、チケットと引き換えにそれを受け取る。


「無くさないでくださいよ」
「わかってるって」
「そのチケット、特別チケットなんすからね」
「…特別チケット?」
「そうっすよ!」


だから絶対になくさないでください、なんて信用のない赤也の言葉に一発拳骨をお見舞いしてやれば恨めしそうな視線が俺のことを見る。そして念を押すようにチケットのある部分を指しながら俺の方に向けるもんだから、なんだとその部分を見た。するとそこには特別チケットとという文字があり、俺はそれに首を傾げて赤也を見る。


「特別って、何が?」
「実はっすね、これ遥華さん本人から貰ったんすよ!」
「……何、知り合いかよぃ?」
「そうなんっす!」


別に赤也が誰からチケットを貰おうがどうでもいいことなのだが、コンサートで歌う張本人とあればまた話は別だ。驚いた俺に、赤也は得意気にふふんと笑う。赤也自身バンド活動とかしているし、そういう知り合いがいてもおかしくないのだが、先ほど赤也は言ったとおり遥華は大層な人気歌手らしいからビックリした。へらへらと締りのない顔をする赤也を変なものを見るような目で見れば、すごいっしょ、と俺の顔を見て言う。


「だからこのチケットはプレミアなんすよ!大事にしてくださいね!」
「あー、おう」
「ちなみに言うと、コンサートは2週間後っすから…待ち合わせ時間とかは近いうちに決めましょうね」
「あーはいはい」


やる気のない声でそう返事をすれば、赤也は飲み物を取りに行くと席を立つ。手元にあるチケットを目の前まで持ってきてよく見てみれば、この紙切れ一枚が凄い価値なんだなとしみじみ思った。


「…遥華、ねぇ…」


気に入った歌、声、歌い方。一瞬にして魅了されたその全てに、俺は知らず知らずの内にコンサートに行くことに心を躍らせていた。赤也がいなくなったため静かになったその場には、今日繁華街で聞いた遥華の歌が流れていた。

コンサートまで、あと二週間。




(20100606)
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