少しだけ散歩に出かけよう。スコールの腕を引っ張りながら、バッツは言った。いつもの邪のない笑みを浮かべて、スコールが返事をする間もなくバッツは腕を掴みぐいぐいと歩いていく。どこにいくのだろうか。スコールの頭にふっと疑問が浮かぶ。 「…どこ行くんだ?」 「んー、…どっか?」 「…なんで疑問系なんだ」 曖昧な返事にスコールはため息を吐く。気まぐれだろうか。きっとそうだ、彼は風のように気まぐれだ。脳内で勝手に完結すると、突然バッツが立ち止まる。気がつかずにそのままぶつかるが、バッツは気にした様子もなくほら、と目の前を指差した。 「ここだよ。お前に見せたかったの」 「……これ、って」 「綺麗だろー?フラフラしてたら見つけたんだよ」 からからと笑いながらバッツが指差した場所、大きな湖へと近づいていく。危険だから一人で行動するなとウォーリアが言っていたのを覚えていないのか、この男は。それよりも、時々バッツの姿が見えないと思っていたら、こんな所に来ていたのか。スコールの脳味噌が一度に色々なことを考える。少しだけ仲間達が居る場所から離れた湖。スコールはその少し離れた場所に立つ。バッツは湖へと更に歩み寄る。 「こんなトコでも、綺麗なもんはあるんだなーって思ってさ」 「…そうだな」 湖に映るそれは満点の星空。所狭しと空には星が散っている。そしてそれを映すように水面に夜空が映し出されていた。確かに、綺麗だなとスコールは思う。まるで空が二つあるようだ。本当の夜空と、湖に映った夜空。どちらも綺麗で、惹かれるものがある。心の緊張が少しだけ解けた気がした。 「な、湖に飛び込んでみね?」 「一人でやれ」 「ちぇー、なんだよスコール。ノリ悪いなぁ」 ぶぅっと頬を膨らましている様が成人男性の癖にどことなく合っている。くすりと笑みを零せば、バッツもまた一緒に笑う。そしてマントを翻したかと思うと、突然身に着けていた装飾品をその場に置いて、湖の中へと飛び込んだ。 「バッツ!?」 慌てて湖へと駆け寄れば、そこにバッツの姿は見えない。水の中は真っ暗で、その中を確認することは不可能だ。まさか本当に飛び込むだなんて思っていなかった。どうしようか。でもいつか現れるだろうか。悩んでいると、水が突然ばしゃりと跳ね上がり、スコールの足を何かが掴んで湖の中へと引き入れた。 「っわ!」 ばしゃーん、という大きな波と水しぶきを立てながら水の中へとダイブして、咄嗟に目を瞑る。不意に肩を叩かれた。なんだ、と思い恐る恐る目を開けてみると、そこに先ほど湖飛び込んだバッツが笑っている。何をするんだ。抗議の声を上げようとして口をあけた。だが水の中であるために、水が口の中に入り込んで息苦しくなり、酸素がなくなる。それに慌てたスコールは、酸素を求めて水面上に顔を出した。 「ッは…何、するんだバッツ…!!」 「おっスコール、水も滴るいい男!」 「…はぁ」 何を言っても無駄か。目の前で笑うバッツに、スコールは小さくため息を吐く。引き込まれたおかげで服はびしょ濡れだし、乾かすのに少しばかり時間が掛かりそうだ。ぼんやりと別のことを考えていると、ふわふわと水面に浮いていたスコールの腕をバッツが掴む。 「…なんだ?」 「見てみろよスコール、俺たち宇宙に居るみたいだろ!」 言われて、バッツが言うように湖を見る。星が散った湖は、確かに宇宙のようだった。そしてまた綺麗だ、と思う。バッツの言う言葉に素直に頷いた。するとニッと笑みを浮かべたバッツはスコールの腕を掴みながらバシャバシャと水しぶきを立て、水面をゆっくりと泳いでいく。 「こんな風に綺麗なとこにいるとさ」 「?…ああ」 「落ち着くだろ」 バシャバシャ。水を掻く音だけが聞こえる。バッツの言葉の意味がどういうことなのか。スコールが考えていると、バッツは水を掻く腕を止めることなく話しを続ける。 「最近、スコール疲れてたみたいだからさ」 「そうか?」 「俺には分かるんだよ!」 大声でそう叫んだ。暫くすると、また水を掻く音だけが聞こえてくる。バッツに引かれるままスコールも泳いでいると、目の前を泳いでいたバッツの動きが止まる。今度はどうしたのだろうか。首を傾げると、バッツはスコールの方へと向き直って、突然スコールの体を抱きしめた。 「…バッツ?」 「辛いなら、俺に言えよ」 「……何を?」 「色々」 抱きしめている本人の方が辛そうだ。スコールは思う。声はどことなく元気がない。抱きしめてくる腕だって、まるで縋ってくるように頼りなかった。辛いのはむしろお前の方なんじゃないのか。そう言おうとした言葉を飲み込む。 「…心配なら余計だ」 「そういうこと言うなって」 なんとなく、無理に元気を繕っているのが分かる。人間というものに信頼を置ききったこいつが、今までの戦いでどれだけ傷ついたのか。お人よしなバッツ・クラウザーという男。昔、スコールのイミテーションをバッツが壊せなかったことがあった。その時ジタンとスコールがすぐに駆けつけたから大した致命傷も負わなかったが、二人が居なければ確実に戦闘不能になっていただろう。そういうことが何度も起こった。その度に、バッツが傷ついているのも知っている。だから、本当に精神的に辛いのは絶対にバッツのほう。 「俺、スコールの彼氏だろ?」 「……それとこれとは関係ない」 「大有り大有り。彼氏が恋人を心配して何が悪い!」 がばっと体を離して、バッツはニッと笑う。それはいつもの笑顔。バッツ曰く、栄養を兼ねているらしいスコールに抱き着くと、バッツはいつもどおりに戻った。ように見えた。でも実際スコール自身は若干の違和感を覚えるし、心配になることがある。それは仲間という信頼の中で、というのもあるだろう。だがそれ以前に、やはりバッツが言ったように恋人として心配している部分も多かった。 「…それなら、俺もお前が心配だな」 「何がだよ?」 いつも通り。最初は俺を元気付けようとしていたくせに。スコールはなんだかおかしくなった。器用なんだか不器用なんだかよくわからない。だがそんなところも好きなんだ、とスコールは目を細める。すっと優しい手つきでバッツの両方を包めば、焦ったように名前を呼ぶバッツの姿。 「ス、スコール…?」 「バッツ…」 そして焦るバッツの、その唇へ口付ける。ただ触れるだけ。少ししてから顔を離すと、そこには顔を真っ赤にしたバッツが居た。 「…な、え…スコール…?」 「顔、赤いぞ」 「お前だって…!」 真っ赤な顔で見詰め合う。暫くすると、二人の間には笑い声が響いた。そして今度はバッツからスコールへ口付けると、再び顔を真っ赤にする。可愛いな、とバッツは思いながら、スコールの体を抱きしめた。 「スコール」 「…なんだ」 「たまにはさ、こうやって二人で抜け出して、キスしようぜ」 「……あんた、馬鹿か」 口では憎まれ口を叩きつつも、バッツの背中へとしっかり腕を回す。恥ずかしいと思いながら、結局はそれを受け入れてしまう自分を知っている。だから偶にはこんなのもいいのかもしれない。再び降ってきたキスを甘受しながら、スコールは思った。 (20100824) |