機嫌取り


「他人の機嫌をとったり様子窺ったりするのってさ、なんか馬鹿馬鹿しいよね」

「…突然どないしたん、ジロー」

「別に。ただ跡部の周りに集ってる奴ら見てるとしみじみそう思うからさぁ」

 ベンチの上でお気に入りらしい羊の人形を抱えながら俺の膝を枕にしながら、ジローのやつはぽつりとそう呟いた。

 視線の先を追ってみると、そこには女子の人だかりが出来ていて、その中心には跡部がいる。表情には出していないが内心は面倒くさいに違いない、と跡部に同情しながらジローの頭を撫でた。するとジローは気持ちよさそうに目を細め、すりっと顔を寄せてくる。そんな何気ない行動に更に、愛しさを込めてまた撫でた。

 だからといって特に何をする訳でもなく、再び跡部の方を見てみる。先ほどの取り繕った笑みとは違い、それなりの付き合いがある人間には分かる程度に面倒だと顔に出している跡部が見えた。特に今、跡部にはゾッコンの恋人がいるから尚のこと。きっとあしらうのすらも面倒なのだろう。

「跡部大変そう。だって千石居るのにさぁ、好きでもない女に詰め寄られたりして」

「…まぁ、せやね」

 同じことを考えていたらしいジローが何気なく言った言葉。まるでそれが引き金だったように、跡部の周りに集っていた女子が一気に散る。
 一体どうしたのだろうかと首を傾げていると、跡部がこっちに歩いて来るのが見えた。突然の跡部の行動に驚いているのはジローも同じなようで、顔がきょとんとしていた。

「お前ら、そんな堂々とイチャついてんじゃねぇよ、アーン?」

「千石とイチャつけないからって俺と忍足のラブラブタイムを邪魔しないでよねー、跡部」

「な…っ」

 図星をつかれたのか、徐々に顔を赤くしていく跡部のやつを見ているのは楽しかった。嗚呼跡部でもこないはっきりと狼狽えたりすることがあるんやなぁ、みたいな。しかし誰もラブラブタイムという所にはツッコミを入れる人が居らず、結局俺は何も言えずにさっさと練習しろという跡部の声を聞いているだけだった。

「でもさ、忍足」

「なん?」

 体を回転させて俺の腰に腕を回したジローは、すごく幸せそうな表情を浮かべて俺の顔を見上げてくる。その顔が無邪気で可愛いな、なんて言ったら怒りそうだから言わないが(こいつは可愛いよりかっこいいと言って欲しいらしい)、心臓がドキリと跳ねたのは確かだ。そんな自分を悟られまいとポーカーフェイスを浮かべてみても、果たしてこいつに通用したのか否かは謎である。

「俺、忍足の機嫌取りなら喜んでしちゃうんだよねぇ。お前のこと、滅茶苦茶愛してるから」

「ッジロー…!!」

「忍足顔真っ赤だしー」

 カラカラと笑うジローのことを睨みつけたけれど効果は無かった。ただ膝の上で笑うジローを見て、俺は目を逸らすことしか出来なかった。



(20100718)
(加筆修正:20120216)
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