純粋の塊


「謙也さんなんて嫌いっすわ」


嫌い。大嫌い。吐き出し続けた拒絶の言葉に、謙也の顔は曇る。俯いて下を見ている姿はなんとも心地が良い、と財前は小さく笑みを零した。


「謙也さんが大嫌いやねん。口で説明しろ、言われても出来へんのが残念やけど」
「ざ、いぜ…」


パッと弾かれたように顔を上げた謙也だったが、何か言葉を作ろうとしていた唇はぎゅっと閉じられ、噛みしめられるのが見えた。今にも泣きそうな表情だな。財前は思う。頭のどこかではこんな忍足謙也の顔が見たいのかと問う声が聞こえた気がしたが、財前はわざと聞かないようにその部分をシャットアウトした。


「謙也さんの笑顔がな、見てると辛いんすわ。次第に苛々してきて、もやもやしてきて、哀しくなってくんねん」
「…ざ、いぜ…んっ」


目元に溜まっていた涙が頬を伝って溢れた。沈んでいく太陽がその人間の水分を照らしているだけなのに、財前はそれを美しいと思う。泣かせているのは自分なのに、感じるのは優越感。泣かせてしまったと焦る半分と、泣いていることに幸せを感じている半分ずつの自分。嗚呼くだらない。財前はまた思った。


「謙也さんの涙って、綺麗っすわ」
「ッな、んやそれ…!」


睨みつけてくる目がゾクゾクして、哀しくなった。純粋の塊のような忍足謙也という存在を傷つけているという幸福感に、財前は涙を流していた。泣きたいのはこっちだという視線を送ってくる謙也に、財前は更に涙を流す。


「な、んで…なんで財前が泣いてんねんッ!!泣きたいんは俺の、方やのに…!」
「わかりません。謙也さんが嫌いすぎて涙が出たんとちゃいますか?」


ポロッと涙が財前の瞳から落ちた。そしてそれと同時に飛んできたのは謙也の手、基謙也の拳で、ゴッと骨と骨がぶつかり合う音がしたと同時に財前の体は後ろに倒れる。コンクリートの塊の校舎は流石に痛く、眉をひそめた。


「財前の阿呆!お前なんか嫌いじゃ、ボケッ!!」


持ち前の足を使って廊下を走っていった謙也は、これでもかという速度で姿を消した。嗚呼怒らせた。嫌われた。自覚した途端、財前は更に涙を流していた。



(2010.8.8.Poncho Shiramine)
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