何も変わらない僕らの日常

設立一周年記念フリー配布



「そういえば、今日で一年目なんだよな」

雑誌を読んでいた丸井が、思い出したようにぽつりと言った。その言葉につられるように仁王も携帯ゲーム機から視線を上げ、丸井を見る。
だが一体何が一年目なのか、丸井の言った言葉を理解できない仁王は首を傾げた。

「…何の?」
「え、…ああ」

持っていたゲーム機をスリープモードにして、仁王はごろんと寝転がる。適当なところへゲーム機を放り出し丸井を見れば、彼も読んでいた雑誌を閉じていた。

「付き合って、一年目」
「…ああ」

よいしょっとベッドから緩慢な動作で降りる丸井。言われて、そういえばそうだったな、と仁王も思い出す。
今日は仁王と丸井が付き合いだした記念すべき日だった。

「そうじゃな、」

しかしお互いにそのことをすっかりと忘れ、いつもと変わらないオフを過ごしていた。まあ、自分たちらしいと自分たちらしい。

別に付き合って一年だからと特別なことをしたいわけではない。寧ろ変にイベント事にするのは面倒だし、お互いに好きではない。それこそ変に気を使ってしまう。

だから思い出したときに一緒に居た、ということがある意味奇跡だ。オフの日は一緒に過ごすというのが習慣のようになっているからこそ、そのことに感謝すべきなのかもしれない。

「忘れとった」
「おー、俺も」

ベッドから降りた丸井が仁王の横へと腰を下ろす。どっこいしょ、なんて年寄りくさい掛け声付きで。一体お前は何歳なんだと言ってしまいたくなるけれど、実際は半年くらいしか違わない。
仰向けに寝転がった仁王は、丸井の行動を視線で追う。顔を見てみると、丸井は掛け声どおりの面倒くさそうな顔をしていた。

「仁王はよ、なんか欲しいもん、あるか?」
「いや、別に」

気だるい上半身を起こし、仁王も丸井へ向き合うように座る。問われたことにあっさりと返せば、相手も相手で、そうだよなぁなんてあっさりと返してきた。お互い、これといって何をする気もないのは明らかである。

付き合い始めて一年だからと町へデートにでも出てみるか。否、折角のオフに何故人が多く溢れる場所へと行かなければならないのか。
じゃあケーキでも買ってくるか。しかしそれも却下だ、仁王は丸井の手作りのケーキしか好んで食べない。
ならば記念に何かお揃いのものでも購入してみるとか。だが何を購入すればいいのかも分からないし、お互い趣味が合うようで意外と違ったりする。結局これも駄目だ。

結局色々な案を二人で出し合ってみたが、すべて面倒くさい、お金がない、などの理由で何も答えは出なかった。

「まあいいんでない、なんもせんでも。特別になんかする方が、怖いしのう」
「…怖い?」
「おん」

仁王の言葉に、今度は丸井が首を傾げる番だった。何が怖いのか、普通のカップルならば祝い事のひとつやふたつはしているだろうに。
スリープモードにしていた携帯ゲーム機を再び手に取ると、仁王は電源を入れて続きをやり始めた。

「やって、大きな思い出にすればするほど、大変じゃろ」

もしも何かあった場合、その思い出が二人の間では付いて回ってしまう。仁王は変わらない、いつもの面倒くさそうな表情で言った。

それはどういう意味なのか。仁王雅治という男は、付き合って一年の丸井ですら時々理解不能なことを言う。いや、所詮一年なんて単位はその程度のものなのかとも思えた。結局は相手のことを本当は何も分かってなどいない。分かった気でいるだけで。
しかしそれはそれで丸井には面白かった。だから仁王とは友人として、恋人として一年という期間を共に居ることが出来たのだ。

だがもしもの別れたときを想定したときの言葉であるのなら、丸井にはそれが少し以外に思えた。仁王はそんなことを考えていないように思っていたから。なんて、少々失礼な話ではあるが。

「相手のことが好きすぎて、見えんくなりそうで」
「……は?」
「…え?」

しかし丸井の考えも数秒には違うのだと想像していたことを覆された。先ほどの言葉は、もしも別れた時の話ではなかっただろうか。
やはり、仁王という男はまったく分からない。

「な、なん。俺、変なこと言うた…?」
「や…、別に」

丸井の素っ頓狂な声に驚いたのは仁王も同じだ。まさか丸井から疑問の声が上がるとも思っていなかったのだろう。持っていたゲーム機が操作されてる風でもなく、丸井のことを見ていた。

「今の言葉の意味、って…」
「え…?ああ、相手のことをちゃんと考えられんくなるんが嫌じゃ、って意味」

やって自分勝手になるんは嫌じゃろ、恋愛で。相手に気持ちを押し付けて、ただ好きだ好きだと相手を困らせるのは恋愛なんかじゃない。あの時に特別なことをしたからそうなってしまったというお門違いな言い訳にはしたくないのだと、仁王は言った。
言うや否や、仁王はゲーム機にまた視線を戻す。

「ちゃんと丸井んこと見て、お互い気楽に居たいじゃろ」

くすりと笑った仁王は、ゲーム画面を見るや否や眉を顰める。どうやらゲームオーバーにでもなったらしい。先ほどまでのシリアスさなんて微塵もなかった。寧ろいつも通りの仁王雅治だ。

「それに面倒やし」
「お前、それが本音だろ」
「あ、バレた?」

またゲームを始めた仁王は、もう話を中断する気満々らしい。それはそれで仁王らしくていいとも思った。
自然と零れた笑みは恐らく、仁王は気付いていないだろう。丸井自身も無意識すぎて、恐らく分かってなどいない。ベッドへ再び向かい、乗り上げて先ほどまで読んでいた雑誌を手に取った。

「…でも、まあ」

ぽつりとこぼしたそれはゲームに集中している仁王の耳には届いていないようだ。
丸井は口の端を上げ、そうだなと雑誌のページを捲った。

「明日、なんか買ってくるかねえ」

きっと驚くに違いない。丸井自身も行動するのは面倒であるけれど、たまにはそういうことをしてもいいかもしれないと思った。
買ったものを見せて驚愕する仁王を想像して、丸井はまたページを捲った。



(20110608)
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