海にでも行ってみようぜぃ。 突拍子のない、彼らしい突然の発想に丸井の誘いに仁王は二つ返事で了承した。 今日は部活のない日で、偶々放課後残っていて、偶々天気が快晴で。偶々、二人が一緒にいた。恋人という関係が続いてもう二年は経っている。部活ばかりで中々デートが出来なかった二人には、久々の時間だった。 「うわ、人一人いねえし」 「そらそうじゃろ」 まだ遊泳できるわけではない。立海大附属の校舎から歩いて数分の浜辺へ駆けていく丸井へ、仁王は笑いながら言った。季節的にはまだ梅雨にも入っていないし、駅から少し遠いこのあたりは海開きをしない限り人は溢れないのだ。 「でもよ、なんかいいな」 「…なにがじゃ?」 浜辺に足を踏み入れると、独特の感触が靴越しに足の裏から伝わってくる。歩くたびにざっざっと音がした。それが心地よくて、けれどローファーで来たのは間違いだったなと少しだけ思った。 「海が、俺たち二人だけのもんみてえじゃん」 人っ子一人いない。こんな状況に、そういえば来るのは初めてかもしれなかった。特に二人きりということ事態が最近では珍しい。 立海の中等部に通ってもう三年目だが、大半の時間は部活に時間を費やしていたように思う。だから、中々海へ来る機会もなかった。きらきらと光を反射する海に仁王は目を細める。 「ロマンチックー」 「なんじゃ、それ」 カラカラと笑いながら丸井は仁王の手を徐に取る。そうかと思うと少しずつ、ゆっくりと打ち上げる水へと近づく。引かれることに抵抗はしない。丸井に習って靴と靴下を脱いだ。砂浜の感触が今度は直接伝わってくる。 「…熱い」 「確かにな」 水に濡れない様に裾を捲り上げ、仁王の準備が整ったのを見ると丸井は再び手を引く。水に少しだけ足が触れた。想像していたよりも冷たかった水に、全身がぞくりと粟立った。 「っん、つめた」 少しずつ水へと足を踏み入れるたび、水の跳ね上げる音がする。ぱしゃぱしゃ、何となく、幼いころに戻ったような気がした。 「なあ仁王」 「なん、」 脹脛くらいまで浸かったところで丸井が仁王を呼んだ。水に気をとられていていた所為で、僅かばかり反応が遅れる。どうしたのかと丸井を見ようと顔を上げた瞬間、突然水が全身を濡らした。 滴る水と、目の前で笑う丸井。そこで漸く、丸井に水を掛けられたのだと理解した。 「…なにすんじゃ」 「いや、水も滴る色男だなぁ」 「ブン太…っ」 もろに水を浴びた仁王を見て丸井は豪快に笑う。恨めしそうに見てくる仁王も何のその、また水を掛けてこようとした丸井へ先手必勝、仁王は両手で掬った水を丸井へと掛けた。 「っわ、何なんだよぃ!」 「先にやったんはブン太じゃろ」 おまえさんも十分水も滴る色男じゃき、と嫌味を込めて同じ言葉を掛ける。勿論、ニヒルに笑うのは忘れずに。びっしょりと濡れた丸井は確かに見ものだった。暫くの間、丸井を見て笑っていた仁王だったが、丸井から反撃を受けてまた水を頭からかぶる。 「水掛けんなやっ」 「うっせぇ、知るかっ」 ばしゃばしゃと水の掻き揚げられる音と、二人のくだらない言葉の押収が続く。既にびしょ濡れになった二人は濡れることはもう気にしていない。ある程度二人で水の掛け合いをした後、丸井と仁王は同時に笑い出した。 「何やってんだろな、俺ら」 「ほんまじゃ」 お互い存分に濡れて、夕日がもう沈み始めているような状態だ。どれだけやっていたのだろう。 浜辺に上がって水分を大量に含んだ制服を絞る。想像以上に絞り出た水の量にまた同じく笑った。 「でも、楽しかったぜよ」 ふざけあう、そういうこと自体が久々だったから。 仁王が笑った。 「そっか」 仁王の笑顔を見て、丸井も一緒に笑う。楽しかった。そうだな、また海に来ようぜ。 太陽が沈んでいく海を見ながら、二人はまた笑いあった。 (20110521) |