想い降る銀の世界



珍しく、神奈川に雪が降った。世間は雪が降ったことにより騒がしくなって、クリスマスが近づいたこの頃は、ホワイトクリスマスになるだのなんだの言っている。なんでも、クリスマスにも丁度雪が降りそうとか。でも、俺的にはだからなんだって感じなわけで。部活がある自分には関係のないことだ、と世間の騒ぎようを鼻で笑った。


「あの雪ってさ、カキ氷にして食えねぇのかな…」
「いや、腹壊しますって」


コートの隅に積まれた雪を見ながら、丸井先輩はそんなことを言う。そんなの、確実に腹を壊すに決まってる。苦笑しながら言うと、丸井先輩はやっぱりだめか、なんて目に見えて肩を落としていた。季節関係なく食い意地を張って、この人はいつか本当に体調を壊してそうだと思う。コートに積もった雪は部員全員で脇に寄せたから問題ない。こんな寒い中で部活をしなきゃいけないのか、と思うと些か気が重いが、好きなテニスだと思えばそれすらもどうでもいいか、と思えるから不思議だ。


「そういや、仁王まだ来てねぇな」
「そういえば…そっすね」


現在は放課後。朝練に顔を出さないのはいつものことだが、放課後の練習にまで出ないのは珍しかった。朝練は練習が急遽雪かきに変ったから面倒になって来なかったのだと思う。しかし放課後はきっちり練習になったから、来ないはずがないと思っていた。丸井先輩が言うには学校には来ているらしい。授業にも出てはいたみたいだ。普段からサボり癖がある彼だが、部活に一回も顔を出さないのは本当に珍しい。それにそろそろ部活開始になるから、部室に現れないと本当にやばい時間だった。


「…またサボってんのかよぃ、アイツ」
「まぁ、猫みたいな人っすからね」


気まぐれでマイペースで、自由人の代名詞のような人だ。気がついたらふらりとどっかに姿を消していて、気がついたら側に居る。今回もそうなのだろう、とぼんやりと考えていると、机の上に出しっぱなしになっていた俺の携帯が突然震えた。バイブの音に驚いて携帯を急いで取る。そして液晶を確認すると、そこには仁王雅治という四文字。


「あれ、」


数回の振動の後、止まった携帯にはメール一件という文字。もうすぐ部活が始まるのに、どうしたのだろうか。気になって即座に開けて内容を確認してみると、そこには簡潔に内容だけ伝えた文がひとつ。


『屋上にきて』


絵文字も何もついていない、彼らしい文章。ふざけたときはデコレーションメールとか、絵文字とかを多用してくるけれど。でも真田副部長には普段から多用しているらしい、という話しも何かの時に彼から聞いた気がした。もう部活が始まる時間だ、と右上に表示されている時刻を一瞬確認してから、俺はジャージのポケットへと携帯を突っ込む。そして首にマフラーを巻いて、部室の扉へと手をかけた。


「どっか行くのかよぃ」
「ちょっと、仁王先輩を探しに」


丸井先輩に軽く伝えると、彼はすぐに理解したのか笑って見送ってくれた。あんまり遅くなんなよという一言の忠告付きで。彼は、俺と仁王先輩が付き合っていることを知っている。別に公言したというわけではないが、なんとなく気づいたらしい。手を振って見送ってくれた丸井先輩に一礼して、部室を後にした。下駄箱に着いて、靴を履き替えて、階段を駆け上がる。それだけなのに、俺の心はすごく温かかった。


「仁王先輩、」


急いで階段を駆け上がり、気がつけば屋上の扉の前に居た。少しだけ重い扉を開けて、向こうの世界を見てみるとそこには当たり前だけど俺を呼び出した張本人。名前を呼ぶと、振り返り際に宙を舞う銀糸。俺の姿を見つけると彼の瞳は嬉しそうに細められた。マフラーに覆い隠された口元は見えないけれど、きっと笑みを浮かべているのだろう。


「やっと来た」
「やっとって、呼び出されてまだそんなに時間経ってないっすよ」


これでも頑張ったんだ、と訴えると彼はまた笑う。そうやね、お疲れさま。ゆっくりと近づいてくる彼が、俺の名前を呼んだ。それだけで嬉しいんだから、ほんとに俺って単純にできている。彼が居る、別空間のような銀世界。そこへゆっくりと踏み出せば、靴を伝わって感じる雪の感触。さくり、とその心地よさに目を細めれば、俺の視界を銀が埋めた。


「…寒い」


彼に抱きつかれているのに気がついて、ぽつりと吐き出された言葉の意味を理解する。抱きしめ返して、仁王先輩の頬へ手を当ててみると想像以上に冷たかった。普段から低体温なくせに、ここに何時間居たのか。温かい俺の手を両手で握って、安心したように笑った彼の額へキスを送った。勿論、キスした額も氷のように冷たくて、思わず眉を顰める。


「あんた、何時間ここに居たんすか」
「昼休みっくらいじゃから、三時間くらい?」
「……なにやってんすか」


風邪引いたらどうするんだよ、と俺の付けていたマフラーを彼のつけている上へ巻く。二重に巻いたらなんだかもこもこしていたが、寒いよりはいいだろう。これで少しでもあったかくなれるように、と彼の身体も抱きしめる。少しばかり身長が仁王先輩の方が高いのが気になるが、いつか追い抜かすつもりだから今はまぁ、気にしないでおく。何よりも、彼をあっためることが最優先事項だ。


「赤也、あったかい」
「仁王先輩が冷たすぎるんすよ」
「んなことなか」


擦り寄るように抱きついてくる仁王先輩を、俺は更に力を込めて抱きしめる。苦しい、と笑いながら言う彼の頬へキスを送る。だから、視界一杯に埋め尽くす銀糸で最初は気がつかなかった。あ、と驚いた仁王先輩の声を聞いて、俺は宙をふわふわと舞っている白に気がついた。


「赤也、雪じゃ」
「そっすね…」


空を覆う灰色の中を舞う白い雪。愛しい人を抱きしめている時に雪がまた降り始めるなんて、本当にタイミングがいい。別にそんなロマンチストなつもりはないけど、今の俺たちには最高のシチュエーションだと思えた。


「きれいじゃなぁ…」


俺に抱きしめられながら空を見上げて、嬉しそうに笑う仁王先輩。それだけでもう幸せだっていうのに、雪が更に彼を綺麗にしているように思えた。舞い散る雪が、彼の肩へ、頭へ落ちていく。その様子がまさに神秘的、という言葉がぴったりなくらいに美しくて、俺は空を見上げる彼の頬へ手を添える。そして驚いてこちらをみた仁王先輩の綺麗な唇へ触れるだけのキスをした。


「…っあ、かや…」
「先輩、メリークリスマス」
「…まだ、早いじゃろ」


不意打ちのキスに顔を赤くして、マフラーへと顔を埋める。まだもうちょっと先だけど、お決まりの言葉を言うと彼はふいっとそっぽを向いた。耳まで赤いから、それが照れ隠しなんだってことぐらいお見通しだ。くすくすと笑って彼の顔を見る。暫くすると、仁王先輩もつられるように笑い出して、俺たちは二人して笑った。


「赤也」
「なんすか?」
「好きじゃ」
「うん。俺もっすよ」


ぎゅっと抱きしめあって、ずっと笑って。お互いに好きだなんて笑いながら言い合うと、なんだかそれだけで幸せだった。幸せそうに笑っているのはきっとお互い様だ。だからそれをもっと分かち合いたくて、俺は彼の巻くマフラーを少しだけ緩める。そして現れた唇へ、もう一度触れるだけのキスをした。



(20110106)
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