貴方が好き!



仁王先輩のことを考えると、俺はいつもいつも胸が締め付けられて苦しくなった。どうして先輩のことがこんなに頭に浮かぶのだろう。理由も分からずにただ頭の中でぐるぐるぐる、メリーゴーランドみたいに回り続ける。彼のことで最初に思い出すのはやっぱり特徴的なあの、うつくしい銀髪。そして次は鋭い黄金のひとみ。次々と思い出す彼の表情、体型、行動。思い出すだけでぞくぞくと身体の奥が熱くなって、気がつけば彼の名前を呼んでいた。

「におうせんぱい、」

呼んでも返事なんかあるはずない。わかってる、けど、反応が返ってこないならそれはそれでムカついた。だから、なんとなく、硝子の向こうの世界、目の前で嬉しそうにアノヒトと笑っている先輩の笑顔を壊したくなった。

「なんだよ、」

目の前にある薄いガラス。これを割れば、彼は俺に気がついてくれるのだろうか。俺の気もしらないで、どうしてそんな無邪気に笑っていられるのだろう。ぐるぐるぐるぐる、黒い白馬ばっかりのメリーゴーランドが回ってる。

「におう、せんぱい」

今貴方の隣にいる人は、そんなに特別なのかな。だって、ソノヒトと話している彼は無邪気に心から喜んで、楽しそうにしているんだから(人をだましてるサギ師の時の彼は、愉しそうの間違いだ)。俺にとっても確かにソノヒトは尊敬する先輩。でも、でも、言ってしまえばそう、どうしてその人の横じゃないとだめなんだろう。だから、無邪気に笑う彼にいらだつんだ。

「むかつく」

確かに仲がいいのは知ってるけど、ソノヒトは俺よりも少し長く一緒にいるだけじゃないか。たった一年、されど一年。ソノヒトは俺よりもたった一年はやく生まれただけで、俺よりも彼と少しだけながくいるだけで、俺よりも隣にいた期間がすこしほんのすこし長いだけ。先輩とか後輩とか関係ない。だって、俺はこんなにも他の誰よりもにおうまさはるのことを考えてるんだ。

「ほんとむかつく」

奥歯を噛みしめて唇も同時に噛んでしまうと血の味が口の中に広がった。切れたんだと気がついて触ってみると僅かにあかい液体が付着する。ああほんとに血が出てるなんて他人ごとのように考えた。だって今の俺にとって大事なことは仁王先輩のことであって自分のことじゃない。そこで、俺はふっと気がついた。さっきまでの目の前のいらだちの原因となる光景が消えていることに。

「…あれ」

思考に捕らわれていて気がつかなかったみたい。なんて馬鹿なんだろうかと舌打ちをすると、それは想像以上に大きな音をたてた。

「あーかや」

そこで不意に、俺の名前を呼ぶ声が聴こえた。それは俺がもっとも考えていた人間の声で、さきほどまで俺の目の前にいた人物の声でもある。うれしくて音源を振り返ると、そこには考えたとおりの、銀。

「こんなとこで何やっとんじゃ」
「いや、別になんも」

うそ、ほんとはここからあんたのことをずっと見ていたんだ。でもそんなことは言っちゃいけないような気がしたからごくりと飲み込んで心臓の辺りまで押し戻す。そんな俺の心の中なんて知らないせんぱいは、そうかと綺麗な笑顔を浮かべた。

「今日もさぼるんすか」
「んー、そうじゃな」

面倒だから、と笑う先輩の笑顔はすごく可愛らしくて。俺はそこで漸く、このよく分からない彼へ向けられる《感想》のなまえを知る。

(おれはせんぱいがすきなんだ)

だから常に彼のことを考えて、他のやつと仲良く話しているのを見るのが嫌なんだ。結論に納得して、気持ち悪いもやもやしたもんが心のなかから消えていく。

「もうすぐチャイム鳴る。おまえさんはちゃんと授業に出んしゃい」
「はーい」

ポケットに入れていた携帯で時間を確認して、そろそろ授業だと俺に教えてくれる。近づきがたいとかよく言われるせんぱいだけど、本当はすごく優しい。片手を上げて去っていく先輩の後ろ姿を見ながら、今度はまた違うものがこみ上げてくる。それはまるで卵の白身みたいにどろっとしていて、やいたらもしかしたらおいしくなるのかもしれない。見えなくなるまで彼の後ろ姿を見送ると、そこで丁度チャイムが鳴った。



(20110312)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -